いま世界中で深刻化しているのが、マイクロプラスチックによる海洋汚染やCO₂排出が原因とされる地球温暖化問題です。これらの課題を解決するためには、「廃プラスチック」や、「バイオマス廃棄物(籾殻や麦わらなどの農業残渣、木材チップ、紙製品など)」を効率的に組み合わせて処理し、CO₂排出ゼロで新しいエネルギー資源や高付加価値の素材にアップサイクルすることが重要です。
福井大学工学部応用物理学科では、この課題に「物理」の知識を“使って解決する”工学的アプローチで挑んでいます。私たちが開発しているのは、廃プラスチックやセルロース(木材や紙の主成分で農業残渣にも多く含まれる成分)を、触媒とマイクロ波を組み合わせて一気に分解し、水素ガス(クリーンエネルギー)とカーボンナノチューブ(CNT:次世代ナノ材料)を同時に生み出す技術です。廃棄物を燃やさずに資源化できるためCO₂排出を大幅に抑えられ、副生するCNTは電池や電子機器、自動車部品など幅広い産業で活用できます。廃棄物からクリーンエネルギーとハイテク材料を同時生産できる――そんな夢のような技術が、ここ福井大学で育っています。
私たちが使い終えたプラスチック容器や、農業残渣、古紙や木材などの多くは焼却処理され、CO₂を排出しています。
福井大学の研究チームはマイクロ波加熱と触媒の組み合わせてこれら廃棄物を短時間で分解する技術に着目しました。
マイクロ波は電子レンジのように物質内部まで直接エネルギーを届けられ、触媒を選択的に加熱することで効率よく反応を進められます。このプロセスにより、水素ガスを回収すると同時に、残った炭素をCNTという高性能炭素素材として取り出すことができます。この新技術は、すでに特許出願済み(特願2023-025630、特願2025-121774)であり、CO₂排出なしに破棄物の炭素をCNTとして固定化できる点が特徴です。カーボンニュートラル社会の実現に大きく貢献します。
詳細はこちら:「セルロースから水素とカーボンナノチューブの同時生成」(福井大学)
電磁波加熱を利用すると、CO₂の排出なしに、炭素を CNTとして固定化できることも重要な特徴で、カーボンニュートラル社会の実現へ大きく貢献します。
カーボンナノチューブは炭素原子が筒状に連なったナノサイズの材料で、鉄より強く、電気をよく通し、光を吸収しやすいため、最も黒く見える材料の1つです。この特性を活かし、電池やキャパシターの電極、航空機や自動車の軽量化部品、最先端の電子機器など、幅広い分野で活用が期待されています。そのため「夢の材料」とも呼ばれています。福井大学の技術では、このCNTを数グラム単位で大量生成できることが確認されています。
この研究は、福井大学工学部応用物理学科のチームが中心です。大学内の触媒設計・分析技術と企業との連携を組み合わせ、実用化に向けたスケールアップ実験も進行中です。廃プラスチックや農業残渣の処理問題を解決しながら、次世代産業を生み出すことを目指しています。
本研究で用いる反応は触媒こそ必要としますが、水や有機溶媒を使う必要がなく、常圧で進行します。そのため、電源さえあれば場所を問わず利用可能です(図2)。技術がさらに発展すれば、自動車に搭載できる「ポータブル資源化装置」としての応用も視野に入ります(図3)。
この仕組みを実用化すれば、従来は焼却処理に依存してきた廃プラスチックや古紙・木材に加え、稲作で大量に発生する籾殻やわらといった農業残渣も、その場で資源化できるようになります。これにより、従来は収集や運搬にコストがかかり、焼却によってCO₂を排出していた廃棄物を、CO₂排出ゼロで処理できる分散型システムが構築できます。
この新しい資源化システムは「電磁波加熱」と「触媒」を組み合わせることで実現します。マイクロ波を利用すれば、常圧下でも局所的に高温を効率よく発生させられるため、短時間で廃棄物を分解でき、装置もコンパクトに設計できます。
図2 どこでも実験できるイメージ図
図3 自動車サイズで処理できるイメージ図
資源化の流れはシンプルです。
この循環モデルが実現すれば、廃棄物の削減に加えて、ごみ処理費用の低減、エネルギー自給率の向上、カーボンニュートラルの推進、さらには地域産業の活性化まで同時に達成できます。特に、生成されるCNTは非常に高い付加価値を持つため、安定供給が可能になれば、日本の製造業の競争力強化にも寄与します。
福井大学工学部応用物理学科では、この未来社会の実現を目指し、企業や自治体と連携して研究開発を推進しています。大学が持つマイクロ波加熱技術や触媒設計技術を結集し、実用化に向けたスケールアップ実験やシステム設計を進めています。廃棄物を「ごみ」ではなく「資源」と捉え、環境問題の解決と次世代産業の創出を両立する分散型資源化システムの実現を目指しています。
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