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局所分子組成制御が拓くナノサイズ小胞形成メカニズム

2024年1月26日徳島大学 生理・生体物理工学研究室 越山グループ
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図1

工学ホットニュース

 脂質分子は一つの分子上に親水性部分と疎水性部分を持った両親媒性分子です。水中において、親水性部分は水に引き寄せられ、疎水性部分は水を避けて他の疎水性部分と会合し二重膜ができます。水中では円盤状の脂質分子凝集体(バイセル)からカップ形状を経て、脂質二重膜の一枚膜を殻とする小胞を形成することがよく知られています(図1、動画1参照)。小胞の大きさは材料や作製条件によって異なり、例えば、超音波処理によって、直径100nm以下のナノサイズ小胞が作られます。ナノサイズ小胞は様々な性質の分子を内包することができるため、化粧品、食品技術、農業、がん診断、薬物送達、治療の分野で、機能性分子を送達するためのテーラーメードな小胞が広く研究されています。このような広範で有望な応用に対して、ナノサイズ小胞には安定性、再現性、分子封入効率の向上などの課題があり、その改善と実現には、小胞形成メカニズムの基礎的理解が不可欠となっています。

テーマの利用・大学での取り組み

 徳島大学理工学部ではこのような技術開発の基礎となる現象を分子レベルで理解し活用していく研究をおこなっています。越山准教授の研究グループでは、実験観察が困難な分子レベルの小胞形成メカニズムを理解するために、分子動力学シミュレーションという分子一つ一つの動きをニュートンの運動方程式に基づいてシミュレーションする手法を用いて研究に取り組んでいます。小胞形成メカニズムには、1970年代に提案された古典理論が存在し、単一の脂質分子からなる小胞の形成メカニズムに関する分子シミュレーションと理論研究は、ある程度、確立されていますが、複数の脂質からなる小胞形成に関する知識は限られていました。脂質分子の組成として疎水性部分に二重結合を含む不飽和脂質と、含まない飽和脂質があり、不飽和の度合いは、脂質分子凝集体の動的・静的特性を決定することが知られています。また、様々な不飽和/飽和脂質混合物からなる小胞形成は、テーラーメ-ドな小胞形成を考えるうえではより実用的な課題となります。そこで、研究グループでは、不飽和/飽和脂質からなるナノサイズ小胞形成の分子レベルのメカニズムを調査しました(参考文献)。具体的には、不飽和度が異なる脂質分子モデルを用いて、みかけの不飽和脂質濃度を考慮して分子動力学シミュレーションを実行し、小胞形成確率、力学特性の影響、シミュレーション結果と従来の小胞形成理論との関係に焦点を当てて解析を行いました。その結果、不飽和/飽和脂質系の小胞形成が不飽和度とみかけの濃度の双方に依存し、小胞形成の成功にはバイセル内での相分離と不飽和脂質のダイナミクスが関与していることを世界で初めて示しました(図1、動画2)。これらの知見は、小胞形成に関する理論的および実験的研究を促進し、特定の用途に合わせた小胞開発に寄与することになると考えられます。

今後の展望

 ナノサイズ小胞の広範な応用には、送達したい機能性分子に合わせたテーラーメードな小胞形成技術の確立が不可欠です。本学の研究グループのシミュレーションと理論研究により、バイセルの局所的な脂質組成の変化が、局所的な力学的特性の変化を通じて、小胞形成を誘導することが示されました(図1、動画2)。最後に、この研究に基づいたテーラーメード小胞形成の実現化に向けた今後の展望を紹介します。本学の研究に基づくテーラーメード小胞形成の最初のステップはバイセルの調製であり、現在、安定したバイセルの生産が実験的に実現できることが報告されています。また、最近の基礎研究から、非加熱プラズマを用いて物理的に脂質組成を局所的変化させる技術や、レーザー照射したナノ粒子を用いて膜を局所的に加熱する技術も開発されていることが報告されています。脂質分子凝集体の力学的特性は、脂質組成と温度に依存することがわかってきており、安定なバイセルを生成し、局所的特性を変化させる技術をブラッシュアップして組み合わせることで、近い将来、テーラーメードな小胞形成技術が達成され、様々な分野で活用できる安定・高効率な機能性ナノサイズ小胞が製造される時代が来ることが期待されます。このように産業応用の基盤となる理論・シミュレーションの発展のため、今後も理学と工学をつなぐ立場で基礎的な研究を進めていきます。

参考文献

Kencihiro Koshiyama and Kazuki Nakata, Effects of lipid saturation on bicelle to vesicle transition of a binary phospholipid mixture: a molecular dynamics simulation study, Soft Matter, 19(39), pp.7655-7662, 2023

参考動画1

動画1

参考動画2

動画2

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