我々が当然のように使用している電気エネルギーは、どのように得られているのだろうか。我が国では、8割近くの電力が化石燃料を用いた火力発電によって得られている。化石燃料を燃焼すると、温室効果ガスである二酸化炭素が発生する。これによって地球温暖化が進み、様々な異常気象の引き金になっていると考えられている。そこで、全世界で二酸化炭素を削減する「脱炭素」の流れが活発化している。作動中は二酸化炭素を放出しないとされている風力発電や太陽光発電が有力とされているが、送電網の強化や発電の安定化が課題とされている。そこで、風力や太陽光から得られた電気エネルギーを用いた水電解を実施し、ここで得られた水素が「エネルギーキャリア」として有望視されている。この水素は、水素吸蔵合金や液体水素、圧縮水素として貯蔵され、運搬先で燃料電池や水素タービンに用いられることで電気エネルギーを発生させる。しかし、水素を製造することの大変さと、水素というエネルギーが我々一般家庭や発電所に運搬されるということを今一度考えてみたい。
現在普及している水素は、主に天然ガスの水蒸気改質によって製造されている。これを水電解による水素で代替するため、経済産業省は水素の販売価格を2030年に30円/Nm³、2050年には20円/Nm³ に下げることを目標としている。水素の価格を低減する鍵は、電極触媒にある。ここでは、水素製造に関する秋田大学理工学部での取り組みを紹介する。革新材料研究センターの福本准教授は、新規手法による水素極の多孔質化に取り組んでいる。例えば、少量の白金を含むNi多孔質体を溶融塩電解で作製することで、未処理のNi板の約4倍の水素が得られることを報告した(画像1)。また、水電解においては酸素極でも素早く電気化学反応を起こすことが必須である。応用化学コースの松本准教授は、貴金属触媒から極めて選択的にIrを回収する独自の技術を応用し、高活性なIr系酸素極の合成に成功した。いずれの取り組みも、水素価格の低減に寄与し得る、将来有望な結果である。
次は、水素の貯蔵・運搬に目を向けてみたい。水素は、非常に低温・高圧でガスボンベに充填することで運搬可能となっており、ここのコストと危険性も無視することはできない。そこで、水素を含む化学物質への変換が提案されている。特に注目されているのがアンモニアである。アンモニアは、低規模での生産やコストダウンの観点で課題は残るものの、水素と比較すると液化・運搬が極めて容易である。アンモニアから電気を得ることができれば、アンモニアは水素に代わるエネルギーキャリアとなる。アンモニアの燃焼によるタービンで電気エネルギーを得ることもできるが、燃料電池を活用すれば高効率で電気エネルギーを取り出すことができる。しかしながら、アンモニアを燃料電池の燃料とすると、得られる電気エネルギーが水素の場合に比して大幅に減少することが問題視されている。材料理工学コースの高橋准教授は、様々なPt系合金を作製し、Pt-Mo合金が多くの電気エネルギーを取り出せる可能性を見出した(画像2)。
上記で、秋田大学理工学部における水素製造とアンモニア利用に関する取り組みを紹介した。いずれも、脱炭素社会を目指す上で有望な実験結果となっている。すなわち、水素製造用電極の高性能化が達成されれば、水素社会の達成に一歩近づくこととなる。さらに、アンモニアから高効率で電気エネルギーを取り出すことができれば、ガソリンのように容易に燃料を運搬でき、様々な場所で発電することが可能になる。しかし、水素製造に関してはさらなる燃料極・酸素極の高性能化が欠かせない。社会実装を想定すると、年単位での長期安定性の確保も必須である。アンモニア利用に関しては、電解質膜を用いたセル特性の評価した上で、実用化の可能性を検討する必要がある。これらの課題に対して、それぞれの研究者が有する触媒化学、材料工学、有機化学の知識・技術を相互に提供し合い、課題解決を進めている。また、脱炭素の機運によって近年では秋田県沖で大規模な風力発電システムの開発が進んでいる。秋田大学では研究だけではなく、洋上風力発電分野における再生可能エネルギー産業に関連した教育・研究・地域社会への貢献を目指している。
※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。