これまでの情報化社会の発展はコンピュータの性能向上に支えられてきました。しかしながら、今後AI処理やビックデータ解析、数値シミュレーションなどで情報処理量が爆発的に増大し、コンピュータの消費電力は益々大きくなることが予想されています。例えば2030年には世界のデータセンタの消費電力量は現在の10倍以上になるという試算もあります。そのため、コンピュータの消費電力を低減するための革新的技術の創生が必要となっています。
我々のグループは、超伝導回路を用いた超省エネコンピュータの研究開発を行っています。超伝導回路は、量子化された磁束を情報担体に用いて極めて高速で低消費電力の論理回路を作ることができます。また、配線の電気抵抗はゼロで電力消費はありません。我々のグループでは断熱論理回路や可逆論理回路といった低電力化の手法を用いることで、超伝導回路の消費電力を半導体CMOS回路に比べて百万分の1に減少させる集積回路技術を研究しています。例えば、断熱論理回路を用いれば計算に用いたエネルギーを電源に戻すことができるので、論理回路の消費エネルギーを極限的に小さくできます。また、計算結果から入力データを導くことができる可逆論理回路では、情報のエントロピーが保存されるために消費電力を究極的に小さくできます。今回、我々のグループは断熱量子磁束パラメトロンという超伝導論理回路を用いることで、コンピュータの中心部であるマイクロプロセッサの動作実証に成功しました。論理回路の基本要素である論理ゲートや大規模集積回路を設計するためのEDA(Electric Design Automation)ツールを研究開発することで、大規模超伝導集積回路の設計が可能となりました。今回の超伝導マイクロプロセッサは、4.2Kの極低温で動作しますが、それに必要な冷却電力を見込んでも現在のCMOSマイクロプロセッサに対して100倍から1000倍高いエネルギー効率を得ることができました。これらの成果の詳細は、以下の文献に示されています。
C. L. Ayala, et. al., "MANA: A Monolithic Adiabatic iNtegration Architecture Microprocessor Using 1.4-zJ/op Unshunted Superconductor Josephson Junction Devices," in IEEE Journal of Solid-State Circuits, vol. 56, pp. 1152-1165, 2021, doi: 10.1109/JSSC.2020.3041338.
今回、動作実証に成功した超伝導マイクロプロセッサは、RISCアーキテクチャを用いた4ビットのシステムです。これは、現在、コンピュータに主に用いられている64ビットのマイクロプロセッサに比べて非常に小さなシステムです。我々は、超伝導マイクロプロセッサの実用化に向けて、より大規模な超伝導集積回路システムの研究を進めています。そのために、デバイスの小型化による集積密度の向上を図っています。また、超伝導ゲートを3次元的に集積化することで更に高密度な超伝導集積回路の実現を目指しています。
一方で、近年、量子的な状態の重なりを利用して高速な演算を行う超伝導量子コンピュータが注目されています。世界中で活発な研究開発競争が行われ、集積化された超伝導量子ビット数の増加が毎年のように報告されています。しかしながら、超伝導量子ビットの制御や観測のためには、20mK程度の極低温に置かれた各々の量子ビットと室温の電子機器を1本以上のマイクロ波ケーブルで接続しなければなりません。そのため、将来、マイクロ波ケーブルの数が超伝導量子コンピュータの規模を制限すると考えられています。我々は、この問題を解決するために、超伝導量子磁束回路を超伝導量子ビットと同じ温度に集積化し、超伝導量子ビットの制御と観測を直接行うことを目指しています。これが可能になれば、大規模な超伝導量子コンピュータの実現が可能となります。
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