参画校一覧
工学部ってどんなところ?
Facebook
まだ知られていない厳冬期の絶景を求めて

まだ知られていない厳冬期の絶景を求めて

低軌道衛星を利用した測位システム

2024年11月15日東京海洋大学 海洋工学部
mein_image

測位用低軌道衛星の特徴が一目でわかるようなイラスト
(左:Xonaという企業のサイトから入手 右:inside gnssという雑誌から入手)

工学ホットニュース

 GPSをはじめとする世界の測位衛星はGNSSと呼ばれており、いまや我々の生活に欠かせないインフラとなっている。GNSSが提供するサービスはPNTサービスと呼ばれ、PはPositioningの位置、NはNavigationの航法、TはTimingの時刻を表す。これら3つのサービスを世界中で提供する能力がある。スマートフォンさえあれば世界中どこでも位置が数mでわかり、地図上で自身の位置を知ることができる。この20年の半導体の進歩に相まって、GNSS受信機のチップの省電力化や高精度化が図られてきた。昨今では、一般の人が㎝級の位置を利用することも容易となってきた。GNSSは米国のGPSだけでなくロシアのGLONASS、欧州のGalileo、中国のBDS、そして日本の準天頂衛星がある。これら5つの測位システムはほとんどのスマートフォンで利用することができ、民生用に完全にオープンにされている。一方、米国やロシアそして中国は軍用でも利用している。GPSの最初の開発者は、民生用のGNSSがここまでたくさんのアプリケーションに利用されるとは想定されていなかったかもしれない。そこで最近出現してきたのが低軌道衛星である。現在米国のスペースXのスターリンクと呼ばれる低軌道衛星が世界中の通信網を構築している。6000機を超えると言われている。この低軌道衛星を測位に利用できないだろうかと考えている研究者やエンジニアは多い。

研究室でのスターリンク設置状況 研究室でのスターリンク設置状況

㎝級レベルの測位の本格的な実用化

 本大学の研究室では、上述の㎝級測位に長い間取り組んでおり、特に自動車等での利用の限界を知るために実験を繰り返してきた。なぜ㎝レベルの測位が必要なのかは、みなさん自動運転の話しを聞いたことがあるので想像できるであろう。リアルタイムに㎝レベルの位置がわかると、同時に㎝レベルの精密な地図があれば、自動で設定したルートを自動運転で走行することができそうだ。もちろん、他の車や人間、自転車、バイクそして構造物など避ける必要があり、そのためにLidarやカメラ、レーダがすでに利用されている。一般の自動車はまだしも、特定のルートを走行するようなアプリケーションには、すでにこの㎝レベルのGNSSの測位が利用されているものもある。

なぜ今低軌道衛星なのか?

 GNSSは米国のGPSの初号機が1980年前後に打ち上げられており、すでに半世紀の歴史がある。これは半世紀前のアイデアが現在も利用されていることを意味し、すごいことかもしれないが、研究者は新しいことに取り組みたい人が多い。低軌道衛星を測位に利用できないかという研究発表がここ数年一気に増えてきた。GNSSの衛星は地球上からおよそ20000㎞から36000㎞くらいの高度に存在し、一方低軌道衛星はほぼ500㎞から1000㎞未満の高度に存在している。GNSSの衛星と比較すると打ち上げコストと衛星本体の開発コストが非常に少なくすむ。上述のスペースXのスターリンクが世の中にでてきたので、研究室でも2022年の秋にスターリンクのサービスを契約し、アンテナを設置して1年ほど通信実験を行った。その結果、通信は安定しており、速度も研究室のWiFiと変わらないことを確認してきた。例えば、洋上を航行する船舶は地上との通信を利用することができず、衛星通信に依存しており、低軌道衛星による通信をより利用できるであろう。また自動運転の世界を見ても、各々の自動車との通信が確立していることが極めて重要であり、世界中のあらゆる場所を走行する自動車にとって、低軌道衛星による通信は重要であろう。

低軌道衛星測位の今後

 上述のスペースXのスターリンクは現在のところ通信用途に限定しており測位サービスは提供していない。一方、大学や企業の研究者は、この世界中の通信用低軌道衛星を測位に利用すると、一体どのくらいの性能が出せるかという研究を行っている。本研究室もその1つである。1つの成果として、商業用のイリジウムネクストという低軌道衛星による通信サービスのデータを利用して、約1㎞弱レベルの精度であるが測位実験に成功した。詳細は以下の卒業論文を参照されたい。このような実験を行うために、これまでGNSSの研究開発で培ってきた測位アルゴリズムやその数学的手法、ソフトウェア受信機の開発の成果が十二分に生かされている。2024年秋に、国内でもJAXAがアークエッジ・スペース社と低軌道衛星を利用した測位についてのFeasibility Studyを開始したと発表があった。おそらく今後5-10年で本格的にその研究開発が進むのではと予想される(あくまでも予想であり、実際にどうなるかは毎年状況や情勢を把握する必要がある)。アークエッジ・スペース社は低軌道衛星の製造を行っているベンチャー企業であり、JAXAとの協業が大いに期待される。日本には、準天頂衛星もあり、本格的に低軌道衛星による測位の議論が始まるのはまだ先かもしれないが、研究者はできるだけ早く取り組んでおいたほうがよいであろう。特に衛星側だけでなく、ユーザにとって重要な受信機側の研究開発も重要である。世界を見ると、米国だけでなく、中国や欧州でも本格的に検討しており、米国や中国では、低軌道衛星による測位用の実験衛星がすでに打ち上げられている。

研究室でのイリジウムネクスト衛星を利用した測位実験 研究室でのイリジウムネクスト衛星を利用した測位実験

※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。

工学ホットニュースバックナンバー