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まだ知られていない厳冬期の絶景を求めて

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記憶の神秘に迫る「バイオイメージセンサ」

2021年12月17日豊橋技術科学大学 電気・電子情報工学系
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工学ホットニュース

 脳内には、複雑に絡み合った神経回路ネットワークが存在している。この張り巡らされている細胞同士の信号伝達は、電気信号(活動電位)として長く伸びた神経細胞(軸索)を通った後、 その末端(シナプス)で化学信号(神経伝達物質)に置き換えられ、その化学信号を隣の細胞のシナプスが感じ、電気信号に変換され伝わっていく。シナプスとシナプスの空隙は、数万分の1ミリほどしかないが、電気信号は通ることができない。したがって、その電気信号はシナプスで化学信号に置き換え、それをシナプス間隙に放出させ、次のニューロンが受け取ることで伝達している。しかし、なぜ我々の体はわざわざ、このような複雑な機構が必要なのであろうか。その理由は、単純にシナプスから放出された化学物質が、次のシナプスに伝わるだけではないからである。放出された化学物質は、シナプスの空隙から漏れ出し、その漏れ出した物質を感じたシナプスの周りの細胞が別の化学物質をシナプスの空隙に放出させ、神経伝達の程度を制御していることが近年明らかにされてきた。まさに多くのタレント(複数種類の化学物質)がシナプス空隙で活躍して私たちの脳活動を制御しているのには驚かされる。

テーマの利用・大学での取り組み

 上述のように細胞と細胞の間では、複数種類の神経伝達物質や生理活性物質が放出・吸収を行う細胞間コミュニケーションが行われているが、従来の顕微鏡技術では複数種類の神経伝達物質や生理活性物質の動態を捕まえることができない。このシナプス空隙での化学物質のやりとりの理解は医学・生理学研究者から強い要求がある。この要求に応える技術として、私たちの研究グループは、世界に先駆けて、神経伝達物質をリアルタイムに非標識で観察できるバイオイメージセンサを実現してきた。このイメージセンサの空間解像度は2ミクロン、時間分解能は1ミリ秒で、神経細胞から放出する様々な化学物質を可視化することができる。本センサは、日本が世界一のシェア60%近くを持つCMOSイメージセンサ技術とバイオセンサを融合させたものであり、世界最高の時空間解像度を達成している。このバイオイメージセンサを活用することで、アセチルコリン、ATP(アデノ三リン酸)、乳酸(LACTATE)をはじめ、カリウムイオン、カルシウムイオンなどの細胞間のダイナミクスを可視化することができる画期的な技術である。これまで乳酸シャトル仮説ということが生命科学分野の研究者から提案されている。一般的に脳内ではグルコースが主なエネルギー源であると考えられているが、長期記憶には乳酸のニューロンへの供給が必須であることが予測されてきた。そこで、我々が世界に先駆けて実現したバイオイメージセンサ上に、マウスの海馬スライを静置して、神経活動に模した化学刺激をしたところ、世界で初めて乳酸が放出している様子をリアルタイムに可視化することに成功した。この成果は、仮説として考えられてきた乳酸の放出を実際に観察できた大きな成果であると確信している。しかし、乳酸はニューロンでエネルギー源としてだけ使われるのか、または乳酸自体がある分子機構を制御することで記憶形成に関与しているのか、など多くの謎が存在している。この新しい観察ツールを活用することで、記憶の神秘に迫ることができればと考えている。

今後の展望

 CMOSイメージセンサ技術とバイオセンサ技術を融合することにより、これまで見ることができなかった化学物質の動きを可視化できるマルチモーダルバイオイメージセンサの開発を進めてきた。医療技術のイノベーションを拓くには、新しい計測技術の誕生は欠かせない。今後このような画像データとビッグデータ解析技術と連携しながら我々の健康・医療を支える技術として、成長するものと確信する。一方、今後バイオイメージセンサを様々な開発者、研究者に使っていただく必要がある。このバイオイメージセンサを実際に製品として世の中に出さなければ、社会の役に立つ技術とは言えない。そのためにも新しい技術を作り出した研究者・技術者は、プルーフオブコンセプト(Proof of concept)だけに満足せず、社会実装を視野に入れた開発とそれを社会に受け入れてもらうことまで見据えた検討をセンサ開発者自身が進める必要があると強く思っている。これまでのように、大学で新しい技術を実証したので、後はどこかの企業が実現してくれるだろうとの考えを大学研究者は脱ぎ捨て、新たな産業分野を作るとの熱意を持って社会実装まで取り組むことが大学研究者の責任だと考える。

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