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役に立たない素敵な無駄

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化学で創る「ウイルスレプリカ」
―薬物送達・ワクチンへの応用―

2025年9月26日鳥取大学 工学部
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工学ホットニュース

 天然のウイルスは、非常に精巧に作られた20~100nm程度の大きさ・形状が明確に決まった球状や棒状のナノ構造体です。比較的単純なウイルスは、遺伝情報を司る核酸(DNAやRNA)をタンパク質の集合体(キャプシド)が被覆した「ヌクレオキャプシド」と呼ばれる構造をとっています。インフルエンザウイルスやHIV、コロナウイルスのような「エンベロープ型ウイルス」は、ヌクレオキャプシドの周囲を脂質二分子膜が覆った構造をとっています。このようなウイルス構造から核酸を除いた構造は、均一な大きさの空洞を有する「ナノカプセル」であることから、薬物送達材料やワクチン材料として近年注目を集めています。しかし、これまで、エンベロープ型ウイルスのような脂質で覆われた均一な大きさのナノカプセルを化学的に構築した例はありませんでした。

テーマの利用・大学での取り組み

エンベロープ型ウイルスレプリカの構築に成功

 鳥取大学工学部 松浦和則教授の研究グループでは、植物ウイルスであるトマトブッシースタントウイルスの内部骨格形成ペプチド(β-アニュラスペプチド)を化学合成し、その自己集合により50nm程度の人工ウイルスキャプシドを構築しました。また、表面に負電荷を有する人工ウイルスキャプシドと正電荷を有する脂質二分子膜を複合化させることで、「エンベロープ型ウイルスレプリカ」を人工分子のみから創ることに成功しています(Chem.Commun.,2020,56,7092−7095)。

乳がんワクチンとしての抗原提示ウイルスレプリカの構築に成功

 2023年に松浦教授の研究グループは、大阪大学大学院理学研究科の研究グループとの共同研究により、乳がん抗原(CH401ペプチド)とアジュバント(免疫賦活化剤、α-GalCer)を組み込んだ乳がん抗原提示エンベロープ型ウイルスレプリカを構築しました(J.Am.Chem.Soc.,2023,145,15838–15847)。この乳がん抗原提示エンベロープ型ウイルスレプリカをマウスに投与したところ、CH401ペプチドを認識する抗体の産生を強く誘導し、産生した抗体は乳がん細胞を認識したことから、これが効果的な乳がんワクチンとして機能することが明らかになりました。

スパイクタンパク質を搭載したコロナウイルスレプリカの構築に成功

 2024年に松浦教授の研究グループは、京都大学大学院工学研究科の研究グループとの共同研究により、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)由来のスパイクタンパク質を搭載したエンベロープ型ウイルスレプリカ(コロナウイルスレプリカ)を人工的に創ることに世界で初めて成功しました(ACS Synth.Biol.,2024,13,2029–2037)。エンベロープ型ウイルスレプリカ存在下で、スパイクタンパク質をコードしたDNA断片を添加し、無細胞タンパク質発現によりスパイクタンパク質搭載エンベロープ型ウイルスレプリカを構築しました。また、コロナウイルスが細胞に感染する際に結合する受容体(ACE2)にこのレプリカが強く結合し、細胞表面のACE2受容体にも結合することも実証しました。

今後の展望

 本研究で化学的に創製したエンベロープ型ウイルスレプリカは、本物のウイルスを用いる替わりにウイルスの生物学的挙動を解析するための材料として使える可能性があります。また、エンベロープ型ウイルスレプリカに抗がん剤や核酸医薬を内包することで、細胞選択的な薬物送達担体(DDS)材料として利用できると思われます。さらに、抗原を提示したエンベロープ型ウイルスレプリカにより生体内での抗体産生能が向上することが明らかとなったことから、様々な感染症やがんに対するワクチン材料として応用できると期待されています。

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