歯車は図(a)に示すような形であり、古代人が大きな力を必要とする重労働を軽減するために発明されたものである。歯車の発明により、人類が機械を作る道へ歩み始めた。最初のころ木材で簡易な機械、例えば、水揚げ装置や指南車(歯車で作れたコンパス)、馬車などが作られ、これらの機械で人類が自分の生活を便利にしたり、大きな力を手に入れたりすることができた。より生活を便利にするため、更に複雑な機械を作ろうと大きく夢を膨らませた。そして、時計、機関車、船舶、車などの複雑な機械が開発された。このことから、歯車は人類が機械文明を築き上げたきっかけであると言っても過言ではない。21世紀になっても歯車は現在生産されている最先端機械にとって必要不可欠の存在である。図(b)はヘリコプターのトランスミッションであり、図に示されるように多くの歯車が使われている。図(c)は波動歯車装置と呼ばれるものであり、小型産業ロボットや人間型ロボット及び宇宙探索機に使用されている。図(d)はピン歯車装置と呼ばれるものであり、大型産業ロボットの関節に使用されている。ロボットや宇宙探査機の性能は歯車の性能により大きく左右されている。
歯車は古代人が発明したものであり、外観がとてもシンプルに見えるので、歯車をもう研究する価値がないとよく誤解されている。実際に耐久性が高く、かつ低振動・低騒音・高効率・高精度の歯車装置を作ろうとしたら、これは本当に大変なことであり、世界的な難題でもある。従って、機械の設計・製造現場においては、技術者たちは自社歯車製品の性能をよくするために様々な労力を惜しまずに半世紀以上もかけて改良し続けてきた。そのおかげで、車は静かに走れるようになり、新幹線やエレベーターも乗り心地がよくなってきたわけである。現在でも技術者たちは地道な努力を続けて、歯車装置の様々な難題を解決しようと一生懸命頑張っている。
島根大学は1986年から小型産業ロボット関節用波動歯車装置の設計と強度・振動解析、そして1989年からヘリコプターのトランスミッションや航空・宇宙機械用薄肉歯車の設計と強度・振動解析、また1994年から大型産業ロボット関節用ピン歯車装置の設計と強度解析に関する研究を始めた。瞬く間に34年が経過したが、この34年間で、本学は一般的に使用されるPCで歯車接触強度解析用の大規模な3次元有限要素法プログラムを開発し、航空機用薄肉平歯車の強度および構造振動解析に成功した。また、有限要素法で波動歯車装置やサイクロイド減速機、RV減速機の接触解析に成功し、これらの研究を大きく前進させた。研究成果として機械要素工学分野の機関誌に掲載した論文がアメリカの国防省やNASA、GM、オハイオ州立大学、フランス国立応用科学院リヨン校などの世界トップ機関を含む約30ヵ国の60以上の研究機関に引用され、そして本学も世界最高権威を含む26の機械専門誌の論文査読を20年間連続で担当してきた。2018年、本学はインド政府のGIANプログラムに採択され、機械要素工学分野における世界初の大学となった。
本学は国内で多くの機械メーカーの製品開発にも協力している。最近の9年間、国内機械メーカーと約20件の共同研究を行い、また約30社から技術相談を受けた。更に70社を超えた機電メーカーの社員教育に協力した。自社製品の問題点を解決するために日本を代表する殆どの大手機械メーカーが本学を訪れたことがある。現在、本学は産業ロボットや宇宙探索機関節用精密減速機の研究分野において国内唯一の大学であり、最先端の研究活動を展開している大学でもある。
現在、国内における歯車分野に関する研究は非常に厳しい状況に直面している。近年、国内の大学では歯車を研究している研究室が激減しているため、歯車分野の研究が次第にできなくなり、科研費も取れなくなりつつある。この状況が続けば、将来、歯車技術が日本の大学から消滅し、未来の最先端機械を作るために必要な若手人材を育成できなくなる恐れがある。歯車技術は製造業の基盤であり、日本経済を支える重要な柱の一本でもある。この伝統的な強みを守れなければ、将来、日本はアメリカのように競争力のある機械製品が作れなくなる可能性が高いと考える。そのため、今後の展開として本学は日本の伝統的な強みを守り続けたいと考えている。具体的には、歯車研究分野に残された難題の解決に挑戦することにより、歯車分野における若手人材の育成に尽力する所存である。そして、次世代の最先端機械を開発するために必要な歯車技術を積極的に研究し、常に世界最先端の研究を続けていく予定である。将来、若者が地方の国立大学に行っても世界最先端の研究を触れるチャンスを作るだけでなく、学生が夢を実現させるために必要な能力と知識を養成し、未来に向けて羽ばたく手伝いをしたいと思っている。
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