連日メディアを騒がせている「ChatGPT」を代表とする生成AIの登場は、私たちの従来の常識を大きく変化させた。これまでは、ゼロからイチを生み出す創造的な作業は(一部の優秀な)人間にしかできないと考えられてきたが、生成AIの登場によって、創造的な作業が標準化され(誰でも簡単に使える)自動化される可能性が生まれた。生成AIは、文章の添削・校正、芸術作品や音楽の作成、アイディアの提案、高度なプログラミングなど、現在、多岐に渡るビジネスシーンで活用され、多くの企業が業務の効率化に取り入れている。今、世界は「生成AIが生み出すオリジナルな知識を人間が受け取る」新たな転換期を迎えている。生成AIと半導体は密接に関連している。半導体は、AIに膨大なデータを読み込ませる「学習」と、利用者の質問に回答する「推論」を行う頭脳の役割を担う。AI半導体は、これらデータの効率的な処理や演算に特化した半導体の総称である。最近のメディア報道によれば、日経平均株価がバブル期以来の史上最高値を更新した。これは、生成AI向けの半導体需要が今後拡大することへの期待から、半導体関連株が相場を押し上げた影響が大きいと言われている。
今日、半導体の性能向上は、半導体に描かれた集積回路の「微細化」によって達成されてきた。微細化により、同じ面積に搭載できるトランジスタの数が増えるため、複雑な処理や演算を高速に行える。最先端プロセスでは、回路の線幅は3nm(ナノはミリの100万分の1)に達している。しかし、その微細化は、技術的・コスト的な限界に達しつつある。半導体の性能向上に陰りが見える中、近年、新たな技術として注目されるのが「チプレット」だ。チップレットとは、機能の独立した複数の半導体チップ(データ入出力用、演算用、記憶用など)を1つに統合する技術である。従来は、1つの半導体チップ上にすべての機能を集積するのが一般的だったが、チップレットでは機能を分割した従来の半導体チップを組み合わせて、1つのパッケージに統合する。各半導体チップは、インターポーザーと呼ばれる中継基板上に水平に配置されるか、直接的に垂直に積層される。各チップ間の接続は、インターポーザーや半導体チップに貫通穴を形成することで、電気的に配線される。
ここで、半導体チップの配線に用いる貫通穴(直径50ミクロン、深さ500ミクロン)(ミクロンはミリの千分の1)の形成には、レーザー微細加工が用いられる。レーザー加工は、従来のドリルを用いた切削加工と比べて、微細な穴空けを得意とする。しかし、レーザーを用いた貫通穴の形成は、一般に加工の速度が遅いため、製造コストが高くなる。また、将来的に、10ミクロン径以下のより微細な貫通穴形成に対応する高い精度が要求されている。
その課題に対し、我々の研究室では、「ホログラム」を用いたレーザー微細加工に関する研究を行っている。ホログラムは、空間に立体的な画像を生成する技術で、テレビやコンサートの特殊効果やSF映画のシーンで使用されている。ホログラムをレーザー微細加工に利用すると、任意の穴径で穴深さの加工を「瞬時に高精度に」行うことができる。加工の速度と精度が向上すれば、高性能な半導体を低コストで製造できることにつながる。
我々が開発したホログラムによるレーザー微細加工技術は、従来の方法と比較して、加工速度を100倍に向上させつつ、加工精度を10倍に向上させることに成功した。この技術は、今後の次世代半導体製造における微細化や複雑化の進展を支え、低コスト化と高性能化を促進する重要なツールとして社会に貢献することが期待されている。この技術の社会実装を進めるため、我々は2023年に宇都宮大学発のベンチャー企業である「株式会社ホロデザイン」(ホームページ https://www.holodesign.jp/)を設立した。設立にあたり、協業会社の経営者や投資会社の役員を社外取締役として迎え入れた。また、栃木県と協力し、事業化や広報活動のご支援をいただいた。その結果、我々の高い技術力と経営陣の強固なサポート体制が評価され、ビジネスピッチで表彰された。
日本では、研究開発の段階で海外勢に先行しても、事業化や量産化の段階で遅れをとり、ビジネスで不利になることが多いとされる。これは一般的に「死の谷」や「ダーウィンの海」と呼ばれる。特にアメリカでは、ベンチャーキャピタル(投資家)が有望なスタートアップ企業を発掘し、資金調達を通じて事業化を支援する環境が整っているためだ。そのため、最近では日本でも、研究開発だけでなく、研究開発と経営の両方に優れた二刀流人材を育成する取り組みが行われている。例えば、大学内にビジネスモデルの立案や社会実装を専門とする組織を設立したり、開発した製品やサービスが市場ニーズと適合するよう事業化を支援する制度が、政府により推進されている。
一般に、大学の教員は、自身の専門とする研究や技術に長けていても、その技術を事業化するためのノウハウや経営に関しては不慣れであることが多いと感じる。一人の人間にできることには限界があるからである。自身の弱点を補うために、他者の能力を借りること、すなわち、相互補完な関係を築き、利害を共有できる強固なチームづくりが、日本における大学発ベンチャーの成功のキーワードであるように思う。
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