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代謝を理解して何がわかるのか?

2023年2月9日東京農工大学 グローバルイノベーション研究院
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工学ホットニュース

 代謝とは、生体内の化学反応のことである。有名なものとして、ご飯に含まれるグルコースが解糖系という10個の代謝反応を通じて、ATPが作られる反応がある。ATPは生命のエネルギー通過のようなものであり、このエネルギーを用いて動いたり、または新しい細胞を作ったりする。その活動が破綻したら病気になるし、その活動を活性化させることができれば健康寿命の延伸に繋がる。また植物に目を向けてみると、CO2から(ヒトが食べる)糖分を作り、光エネルギーを用いて酸素を排出する反応も立派な代謝活動であり、酵母に目を向けてみると「美味しいお酒」は酵母の代謝活動によって産生されるアミノ酸や有機酸の絶妙なバランスに起因すると言える。このように、生命の代謝を理解することは食品のおいしさの探求、植物の光合成効率化、ヒトの薬物代謝や予防医療に繋がりうる。この多様な生命代謝全体を理解しようとする学問にメタボロミクス(メタボローム解析)があり、世界でも注目されている研究分野である。

テーマの利用・大学での取り組み

 ヒトはある意味、食べ物や環境化学物質等の外部因子も代謝する(毒であれば排泄される)。このようなものも含めると、ヒトは生まれてから死ぬまで100万種類以上の代謝物を作り出すと言われている。我々の研究室では、生命が創り出す多様な代謝物(メタボローム)を調べる道具(プログラム開発も含む)を作り、その道具を使って代謝の重要性を理解することを目指し、研究を行なっている。中でも頻用する装置に質量分析と呼ばれる技術がある。質量分析は1フェムトモル(10-15 mol)以下の量でも計測できるとても高感度な計測装置である。また、一度に1000~10000種以上の代謝物を分析することができる(正確には、代謝物をイオン化してから計測する)。「できる」と書いたが、実際にはそう簡単な話ではない。代謝物の物性は非常に多様であり、その対象成分が微量であった場合は、その対象成分の選択的な濃縮操作が必要となる。また、質量分析装置は膨大なデータを出力するため、そのデータを解読するためのインフォマティクス技術も必要である。未知の代謝物も多く存在し、その構造を解き明かすことも、我々の1つの研究テーマである。つまり代謝の世界を捉えるためには「工学研究」が必須であり、目的に沿った試料の前処理、高感度分析技術、そしてインフォマティクス技術の開発を行わなければならない。また、得られたメタボローム情報は、遺伝子の発現レベルやDNAの配列情報と照らし合わせ、最終的には生命システムの複雑な「分子ネットワーク」を理解することが生命科学の課題である。我々は、多くの遺伝子改変技術や生化学技術を組み合わせながら、代謝という切口で生命現象を理解したいと考えている。

今後の展望

 我々のグループは、遺伝学や生化学的手法、計測学、インフォマティクスの全てを駆使して生命現象を理解することを目指しています。その中でも、近年のインフォマティクスの発展は凄まじく、より一層力を入れて取り組むべき課題だと考えている。たとえば質量分析に基づくメタボロームデータはすでに世の中に100テラバイト以上公開されている。一方、我々の研究室から出力される質量分析データは年間100GBにも満たない。これはつまり、世界中のデータを効率的に使うことができれば、1つの研究室で扱る情報量よりも1000倍以上の情報量が年間得られる計算になる。そこで我々のグループでは、世の中のデータを全て「再解析」し、そのデータに基づいて「実験せずとも」新しい生命現象に対する仮説や、疾患診断や品質評価に資するバイオマーカー候補を提案するための基盤構築を目指したいと考えている。そして、得られた仮説に対して研究室内で深く検証する、つまり「仮説生成と検証のサイクル」のスループット向上を達成したい。また、そのサイクルを回す中で、上述した再解析の効率を向上させるためのAI開発も進めたいと考えている。これが達成されれば、環境問題や感染症対策といった現在人類が直面する課題に対して代謝の観点からアプローチするための新知見が次々に得られるようになる。そういった基盤を作ることが、工学部としての使命と考え、工学の発展から生命科学の新発見を生み出すことを目標に、これからも研究を行っていくつもりである。

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