近年、急激な気候変動が世界中で深刻な問題となっている。その一因とされている二酸化炭素の排出を抑制する"低炭素社会"を目指した取り組みが世界各国で進んでいる。このような背景の元、2010年には電気自動車が、2014年には燃料電池車といった、走行時に二酸化炭素を排出しないゼロ・エミッションビークルが市販された。2017年度には世界中で100万台以上の電気自動車が販売され、低炭素社会実現へと向けた取り組みが加速している。
低炭素社会の実現には太陽光発電といった再生可能エネルギーの活用が必要不可欠である。再生可能エネルギーから得られた電気エネルギーを直接利用するだけではなく、水素のような化学物質に変換することでエネルギーの貯蔵と運搬も可能となる。将来的には二酸化炭素を原料とした効率的な化学物質を合成する技術も必要となる。横浜国立大学のグリーンマテリアルイノベーション研究拠点ではこのような低炭素社会実現を目指して、多くの研究者が企業と協力しながら実用化を目指した研究を進めている。
同拠点では、電気自動車の高性能化を目指して蓄電池に関して様々な研究を行っている。現在の電気自動車には、スマートフォンなどにも用いられているリチウムイオン電池が電源として利用されている。リチウムイオン電池は1991年に日本で誕生した新しい蓄電池であり、それ以降、その技術の進歩が続いている。しかし、今後、電気自動車の販売台数がさらに増加すると、リチウム、ニッケル、コバルトといった資源が不足するといわれている。そこで、このようなレアメタルを利用しない高性能蓄電池が必要とされている。実際に、リチウムイオンの代わりに、資源が豊富なナトリウムイオンを利用する蓄電池の研究が進められている。これまでの研究の成果として、リチウムだけでなく、ニッケルやコバルトといった元素を全く利用することなく、下図のように3 Vを超える電圧が得られるナトリウムイオン電池を作ることに成功している。エネルギー密度はリチウムイオン電池よりも若干低いものの、充電速度などではナトリウムイオン電池のほうが優れているなどの利点も有している。将来的には自然エネルギーから得られた電気エネルギーの大規模貯蔵といった応用も期待されている。
ガソリンや天然ガスといった化石燃料の代わりに水素を燃料に用いる、燃料電池車も普及が進んでいる。ガソリン車とは異なり、燃料電池車は水素を燃焼させるのではなく、リチウムイオン電池と同様に、化学的な反応 (酸化還元反応) を利用しているためエネルギー変換効率が高い。また、燃料電池の重要な部材が燃料を反応させる電極とイオンを輸送する役割を持った電解質 (一般的にはH+イオンを通す高分子膜が用いられている) である。燃料電池にも用いられている電極と電解質を応用することで、H+イオンを介して様々な化学物質を生成する反応場として利用可能である。例えば、トルエンに水素を効率的に添加し、メチルシクロヘキサンを高い効率で生産するといったことも可能であり、圧縮が難しい水素の貯蔵・運搬も可能になると考えられる。さらに、この技術を応用することで、将来的には二酸化炭素からメタノールなどの化学物質の製造も可能になると期待されている。さらに、ゼオライトと呼ばれる化学物質を吸着・透過する多孔質材料を触媒として用いることで、メタノールからプラスティック材料の原料として利用可能な複雑な化学物質を得ることにも成功している。
近年、自然エネルギーを貯める・利用するといった化学技術が大きく進化している。このような技術のさらなる進化は、低炭素社会の実現に必要不可欠であり、さらに、将来的には化石燃料を全く必要としないような、新しいエネルギー社会が実現するのも夢ではないかもしれない。
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