スマートフォンやデジタルカメラの普及により、今は誰でも気軽に写真を撮影できる時代になっています。多くのカメラは人が見えている風景や物体を記録するために作られていますが、カメラに搭載されているイメージセンサーの仕組みを少し変えることで、目に見えない様々な光を撮影できる可能性があります。不可視の光を撮影し、その情報を処理することは、これまで実現が困難であった新しいアプリケーションの創出につながることから、新しいセンサーとその情報処理手法の研究が進められています。
図2: 微細格子構造の電子顕微鏡画像
図3: しいたけの水分量の可視化例
(左はRGB画像、右は1450nmの波長帯の画像)
図4: 肝病理標本の光学顕微鏡画像
(左から、ヘマトキシリン単染色のRGB画像、偏光顕微鏡による線維の強調、マッソントリクローム染色による線維の強調)
不可視の光情報は様々な分野で応用が期待できますが、その撮影のためには新しいカメラやイメージセンサーが必要となり、機材の大型化、高価格化、撮影時間の増大が問題となります。そこで我々は、市販イメージセンサーの表面に数百nm精度の微細な格子構造を形成し、様々な波長および偏光の情報を一回で撮影できるカメラの開発を進めています。この格子構造は、格子間隔で透過波長を、格子方向で偏光方向を変化させるため、イメージセンサーの画素ごとに異なる微細構造を形成することで、画素ごとに様々な光成分が撮影されることになります。従来のカメラと同じ機材規模、価格帯、撮影時間で、撮影された画像からは、可視光だけでなく、近赤外や偏光などの不可視光の情報も取り出せることから、新しいアプリケーションの創出に貢献できる次世代のカメラとして、研究開発を進めています。
不可視光の農業への応用例として、水分含有量の可視化があげられます。水分は特定の波長における近赤外光を吸収する特性を持っているため、その波長の光を撮影すると、水分が多い場所ほど暗い画像が撮影できます。例えば、しいたけの断面を1450nmの波長帯において撮影すると、かさの裏側のひだが暗くなるため、ひだの保水性が高いことがわかります。この技術を応用すると、様々な農作物の水分や糖度、酸度、鮮度を非破壊で評価できる可能性があります。
また、不可視光は医療でも活用されています。代表的なものはX線を利用したレントゲン撮影が知られていますが、より可視光に近い波長や偏光を利用した診断支援も研究が進められています。例えば、染色された組織標本を顕微鏡で観察する病理診断において、染色標本の様々な波長や偏光の情報を撮影・処理することは、組織の線維化や細胞核の異形化によるがんの進行を早期に発見し、自動診断支援を効率的に行える可能性があります。特に近年では機械学習の技術が飛躍的に進歩していることから、不可視の光情報を機械で学習することで、人間の知覚を超えた検出能力を持つ診断支援装置が開発できるかもしれません。
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