調理中の鍋底で、液体(水)が蒸発して気泡が生成・成長・離脱する沸騰現象を目にしたことがあると思います。実は、沸騰現象は、非常に優れた熱輸送の能力を持っています。加熱で沸騰している水は100℃近くに保たれることを知っているでしょう。加熱し続けているのに水や容器の温度が沸点近くに保たれるのは、沸騰が効率よく熱を運んでいるからです。最近は、様々な半導体デバイスを冷却するのに、沸騰が利用され始めています。特別な赤外線カメラを使って沸騰の熱輸送を詳細に観察した結果を紹介します。
図2 (上)横から撮影した沸騰様相と(下)伝熱面表面の熱伝達率分布
沸騰は高い熱輸送の効率をもっているので、動作時に極めて大きな発熱を生じるCPUやパワー半導体などの半導体デバイスの冷却に利用され始めています。しかし、沸騰がどのように熱を輸送しているのかは、いまだ未解明です。沸騰をより効果的に利用するためには、熱輸送メカニズムの理解を深める必要があります。
一つの沸騰気泡が、壁面上で生成され、成長し、壁面から離脱するまでの時間は約百分の一秒と短く、沸騰は非常に高速な現象です。そのため、沸騰しているときの壁の表面の温度(熱の輸送)を計測するためには高度な実験装置が必要となります。実験では、数千分の一秒間隔で温度分布を撮影することができる高速度赤外線カメラを使って、沸騰が生じている壁面での熱輸送の様子を詳細に観察しました。
赤外線カメラで計測した温度分布を解析することで、熱輸送の分布や熱輸送の効率(熱伝達率)の分布が得られます。図1は、水の沸騰における,ある時刻の加熱面表面の熱伝達率分布を示しています。気泡の下には、ミクロ液膜と呼ばれる厚さ千分の一ミリメートル程度の薄い液膜が形成され、激しく蒸発しています。ドーナッツ型の熱伝達率が高い領域がこのミクロ液膜が形成されている領域です。ドーナッツの穴に対応する部分ではミクロ液膜が蒸発しきって壁面は乾いており、そのため熱伝達率が低くなっています。
気泡が生じていない広い領域では気泡の運動などが作り出す液体の流れによって壁面から熱が取り去られる対流熱伝達が生じています。図2は、(下)高速度赤外線カメラで計測した熱伝達率分布と(上)それと同期して横から撮影した沸騰の様子の動画です。気泡が生じたときに現れる明るい色の高い熱伝達率の領域がミクロ液膜に対応しています。この実験では、人工発泡点技術を用いて気泡が生じる場所を制御しているため、気泡が千鳥状に整列しています。
このように、高度な実験技術を駆使して熱伝達率の分布を観察することではじめて、「いつ、どこで、どのようにして熱が輸送されているか」という熱伝達のメカニズムを調べることが可能になりました。沸騰のメカニズムを正しく理解することで、熱伝達率をより向上させるための工夫の指針を得ることができます。沸騰を活用した冷却技術の高効率化により、省エネルギーに貢献することを目指して研究に取り組んでいます。
※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。