補助人工心臓は心臓移植までの橋渡しや、半永久的な心臓機能補助を目的に臨床応用されている。成人向けの体内埋込み型補助人工心臓の研究開発が進む一方で、小柄な小児に埋め込み可能な補助人工心臓は未だ存在しない。米国企業で唯一、埋込み型小児用補助人工心臓の研究開発が進められものの、インペラを接触支持する軸受部での耐久性低下、血球破壊(溶血)や血液凝固(血栓)の課題により実用化には至らない。茨城大学では、インペラを磁力により非接触で支持する超小型磁気浮上技術を駆使して、世界初の体内埋込み型小児用補助人工心臓に挑戦している。
図1 小児用磁気浮上人工心臓の構造(ダブルステータ型磁気浮上モータおよび遠心血液ポンプ)
動画1 加振試験による磁気浮上人工心臓の非接触支持性能評価
図2 慢性動物試験を目指して製作した小児用磁気浮上人工心臓試験機
人工心臓とは、重篤な疾患を発症した心臓の機能を機械的に代替または補助する機器のことです。主に、自己心臓を残したまま心臓のポンプ機能(体循環)を補助する左心補助人工心臓が臨床応用されます。はじめは、高分子膜の往復運動、人工弁の開閉により、生体心臓と同様に拍動して血液を送り出す拍動流式補助人工心臓が使用されました。最近では、ポンプ内で唯一の可動部となるインペラを軸受で支持しながら回転させて血液を送り出す、拍動しない連続流式補助人工心臓が主流です。連続流式補助人工心臓は、低充填量でポンプを構成でき、人工弁が不要となり、成人患者の体内に埋め込めるまでサイズの小型化が実現されています。
小児心不全治療においても、補助人工心臓適用の機運が高まっています。世界ではBerlin Heart社の拍動流式補助人工心臓ECCORが唯一使用できます。しかし、拍動流式では、耐久性が低い、血栓ができやすい、小型化に限界がある等の課題があり、埋め込み可能な連続流式補助人工心臓が求められます。米国ではJarvik社が連続流式補助人工心臓Jarvik2015の開発を進めているものの、インペラを接触支持する軸受機構での耐久性低下、溶血、血栓が課題となり未だ臨床治験段階です。小児用補助人工心臓実現の成否は、血液適合性の良い軸受をいかに小型化、高性能化できるかがカギとなります。
茨城大学では、インペラを磁力により非接触で支持する磁気浮上技術を応用した小児用補助人工心臓の研究開発を進めています。図1に示すようなダブルステータ型の磁気浮上モータによりインペラを挟み込んで軸方向に支持します。二つのモータのみで磁気浮上系を構成する簡便な構造で、小児の体内に埋め込み可能なサイズまでの小型化を実現します。インペラの浮上位置を変位センサで検出、コンピュータ制御演算を行い、駆動アンプで人工心臓に電力供給して、数百μmの血液流路を保ちながらインペラを磁気浮上、回転させます。このため、従来の人工心臓では実現が困難であった半永久的な耐久性、低溶血性、抗血栓性を獲得できます。開発している磁気浮上人工心臓は、乳幼児期の小柄な小児の循環補助を行うに十分なポンプ性能を有しています。また、小型ながら外からの衝撃に強く(動画1)、5G以上の加速度が働いても磁気浮上は破綻することなく非接触ポンプ駆動が可能です。現在は、動物の体内で磁気浮上型補助人工心臓の実現可能性を検証することを目指して、図2に示すような完全チタン製の試験装置開発を進めています。
※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。