多くの細胞には毛が生えています。ヒトを含む真核生物の細胞には鞭毛・繊毛という毛があり、動いて流れを起こすはたらきをしたり、化学物質や流れを検知するセンサーの役割を果たしています。この毛は真核微生物の遊泳にも使われます。直径は200ナノメートルほどです。光学顕微鏡とハイスピードカメラを用いてこの非常に細い毛の動きを可視化し、流体力学的に考察することで、毛の動きが微生物の遊泳にどのように寄与しているのか、さらにはその生物学的意義を明らかにしようとしています。
図1:プレオドリナ無性群体、単体精子、精子束の鞭毛運動のトレース(参考文献1より改変)
細胞から生えた毛は、細胞が環境と相互作用するために重要な役割を果たします。たとえば、気道繊毛は気道内に流れを作って異物を排除し、精子の鞭毛は遊泳の推進力を生み出します。これらの毛がどのように動き、どのようにして機能を実現しているのかを理解するには、動きを詳細に観察し、定量的に解析することが有効です。
細胞の毛の動きの興味深い一例として、多細胞のボルボックス目緑藻プレオドリナの精子束(動画1)があります。この藻類は、通常は無性生殖して生きています。窒素分の欠乏など、環境が悪くなると有性生殖のサイクルに入りますが、この時、オスからは精子束が放出されます。私たちの研究[1]では、通常の形態(無性群体)と精子束、さらに精子束が解離した単体精子における鞭毛の動きを可視化し、その特性を解析しました(図1)。その結果、精子束は無性群体よりも速く泳ぐこと、鞭毛の分布や動き方に違いがあることが明らかになりました。たとえば、精子束では鞭毛が前側に密集し、無性群体では鞭毛は均一に分布します。また、精子束と単体精子で毛の打ち方のパターンが切り替わっていることが明らかになりました。
このような観察は、生物がどのように移動し、環境に適応するのかを理解する上で重要です。鞭毛や繊毛の動きは、流体力学的に興味深いことに加えて、生物学的な適応戦略ととらえることができます。たとえば、精子束の高速遊泳能力は、メスへの到達効率を高め、有性生殖を成功させるための鍵となっていると考えられます。また、プレオドリナ精子束の毛がどのように外部環境の情報をもとに運動を制御するのかは、今後の研究で明らかにされるべき課題です。
[1] Kage, A. et al. (2024). "Swimming ability and flagellar motility of sperm packets of the volvocine green alga Pleodorina starrii", PLOS ONE, 19(7): e0287561
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