世の中にある物質を分子や原子のサイズで観察してみると、多くのものが多面体で作られていることが分かっています。多面体としては三角錐や正四面体、立方体などを習うと思います。実は、こういった多面体は工業的に利用されている物質を考える上でとても役に立つもので、さまざまな産業を通じて私たちの生活に密接に係わっています。いくつかの種類の多面体が組み合わさることで、無限に繰り返し可能な(=周期的な)構造ができています。つまり、多面体を使うと空間を埋めることができるということです。今回はたくさんの多面体を作ってミクロの世界を再現し体感してみましょう。
まずは簡単な実験から。泡で多面体を作ります。一つの泡は球体ですが、たくさんの泡が集まると多面体になります。本当か?と思ったら観察してみよう。
材料はすべて100円ショップで入手できると思います。図1が筆者の使った道具です。
タッパーの中にシャボン玉液を入れてストローを差し、息を吹き込んでたくさん泡を作ろう。タッパーから溢れるくらいできたら蓋をします。タッパーの横から内部を覗いてみるとたくさんの多面体ができているはず。筆者の場合、1時間くらい置いておくと余分なシャボン玉液が落ちて、図2のように観察しやすくなりました。泡の大きさは1~2cmくらいを目指すと肉眼で観察しやすかったです。泡が小さければルーペや虫眼鏡を使っても良いでしょう。スマホカメラの拡大機能なども使えますね。
図2 タッパー容器内のシャボン玉の様子。(筆者のスマホで撮影。)黒い背景だと観察しやすい。
このように泡を使うと簡単に多面体ができることがわかると思います。容器内で泡を作ることは空間を多面体で埋める最も簡単な方法です。炭酸飲料やビール、洗濯や食器洗いなどの泡の中ではこのような多面体の世界が広がっています。
紙の上に定規でランダムにたくさんの直線を引いてみると、多角形で紙面が埋め尽くされることが分かります。つまり、平面は多角形で分割できるということです。紙は2次元ですが、3次元で似たようなことを行っているのが今回の泡になります。
泡が一つの場合は球体ですね。では2つの泡の場合はどうでしょう?図3 (a)のように2つの泡が合わさった場合は、接触している面は円になりますね。では3つだったら?今度は図3 (b)のように直線(厳密には少し曲がっています)ができますね。さらに4つの泡になると直線が4つ交わった頂点が生まれます(図3 (c))。このようにして泡が組み合わさっていくことで多面体が出来上がります。つまり、一つの泡が他の泡で囲まれた形がこの多面体の正体だったわけです。
図3 泡の組み合わせ。これもシャボン玉で作ってみよう。
では、無限に繰り返して(=周期的に)並べることのできる多面体の組み合わせはどんなものがあるでしょうか?フランク-カスパー相と呼ばれる多面体の組み合わせの理論が提唱されています。この理論によれば、12面体、14面体、15面体、16面体を組み合わせることで周期的な構造を作ることができ、その組み合わせは理論上無限にあるそうです。
このように無限に繰り返せる泡の構造は、分子や原子などのミクロなレベルで見たときの結晶構造とも共通するものです。合金やポリマー、筆者の専門としているハイドレートもフランク-カスパー相の化合物です。ハイドレートでは、メタンなどの分子の周りに水分子がかご状構造を作っています。フランク-カスパー相の化合物は多面体の組み合わせによって機能が変化します。例えばガスの包蔵密度や材料強度などを変化させることができます。他にもさまざまな機能の発現が期待され、これからさらに研究開発が活発になっていくでしょう。
泡の多面体で空間を埋められることは分かってもらえたでしょうか。けれども泡だと形状が同じ多面体を作ることは(不可能ではありませんが)とても難しいですよね。添付ファイル1に多面体の展開図を用意したので、プリンタで印刷して組み立ててみましょう。もしかしたら多面体を組み立てたことはあるかもしれませんが、組み合わせたことのある人は少ないのではないでしょうか?
図3 印刷した展開図から組み立てた多面体。筆者はテープで組み立てましたが、最後の面を貼るのが難しいかもしれません。隙間に楊枝など細いものを差し込んでテープを貼ったり、糊や両面テープを使うなど、工夫してもらうと良いでしょう。
用意したのは5角形だけからできている12面体、5角形と6角形からできる14面体、15面体、16面体です(図4)。展開図は一つの辺の長さが同じになるように描いています。これは、分子間の結合を模擬したもので、同じ長さの結合でできている多面体構造の物質をイメージしています。周期的(無限)に組み立てられる多面体の組み合わせを表1に示します。まずは多面体が少なくて済むAやCが作りやすいでしょう。作り方を図5、図6に示します。うまく組み合わせて繰り返し構造が作れるか試してみてください。
5角形は5角形と、6角形は6角形と貼り合わせます。例えば表1Aの構造では、6角形を持つのは14面体だけなので、14面体同士でしか繋げられません。このように、多面体を隙間なく組み合わせるときには、どこでも好きなところに並べられるわけではなく、幾何学的なルールに基づいて並んでいきます。
A | B | C | D | E | F | G | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
12面体 | 2 | 16 | 3 | 10 | 7 | 6 | 5 |
14面体 | 6 | 0 | 2 | 16 | 2 | 5 | 8 |
15面体 | 0 | 0 | 2 | 4 | 2 | 2 | 2 |
16面体 | 0 | 8 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 |
実際の物質の例 | メタンハイドレート、二酸化炭素ハイドレート、ポリマー、Cr3subSi | プロパンハイドレート、ポリマー、MgCu2 | ポリマー、Zr4Al3 | 臭素ハイドレート、ポリマー | K7Cs6 | MoNi | Cr46Fe54 |
(a) 4個の14面体を使って特徴的な構造を作る。この構造の場合には6角形が14面体にしかなく、14面体を6角形同士で張り合わせることになります。2個ずつ組み合わせてみよう。
(b)もう2個の14面体も張り合わせ、6個の14面体を組む。あとは隙間の空間に12面体をはめれば完成。
(a) 2個の15面体と2個の14面体で特徴的な構造を作る。
(b) 3個の12面体を組むと、ちょうど14面体と15面体の組の横にハマる。これで完成。
こんな感じで多面体を組み合わせていくことができます。また、次のことについて考えてみると良いかもしれません。
(1)残りの構造についてもトライしてみましょう。また、表1には多面体の個数を示しましたが、どの構造も組み合わせ方が一つとは限りません。他にどんな組み合わせがあるか探してみましょう。表1Eの構造の組み合わせの例を図7に示しておきます。
(2)12面体だけで周期的な構造は作れるでしょうか?答えは・・・、作れません。5角形を無限に周期的に並べられないことと同じ理由です。12面体の展開図を見ても、平面上で5角形を隙間なく並べることはできないことが分かりますね。しかし、このルールにとらわれないペンローズタイルや準結晶という面白いものが見つかっているので、興味がある人は調べてみましょう。
(3)このような泡が作る多面体構造は、ケルビン問題という幾何学の問題にも関係していました。温度の単位にもなっているケルビン卿が1887年に提示した問題です。ケルビン卿は切頂8面体(4角形と6角形でできた多面体)で埋めることが空間内の多面体の面積を最も小さくすると予想しましたが、より面積が小さいウィア-フェラン構造という多面体の組み合わせが1993年に発見されました。これは、表1Aの構造と基本的には同じものです。興味がある人は調べてみましょう。
多面体周期構造を泡で作るための補助具として型を使うことが考案されています。表1Aの構造について、図8(a)のような3Dプリンタ用のモデルを用意したので出力してみましょう。(持っていなければ学校や自治体でも借りられるケースがあるようです。インターネットの印刷サービスやフリマアプリで個人の3Dプリンタ所有者が行っているサービスもあるようです。)このモデルは実際の結晶構造モデルを基に作成したため、多少の歪みがあります。
型の中にシャボン玉液を入れて泡を作っていきましょう。1個ずつシャボン玉を置いていく方法もあると思います。小さすぎたり大きすぎたりする泡は、スポイトを差して大きさを調整すると良いでしょう。筆者も試してみましたがなかなか難しく完成できなかったですが、紙で組み立てたような多面体は観察できました(図8(b))。
いかがでしたでしょうか?構造の模型を作るのは結構大変ですね。実際に筆者が物質の構造を研究するときには結晶構造可視化ソフトなどを使用します。しかし少し構造を変えたいときや組み合わせを考えたいときには、今回の実験のように手で直接いじれるものであれば、一つ一つの多面体のリアルな形が分かりますし、幾何学的な制約も体感できます。一度このように実際に感覚を養ってもらうと、コンピュータ上のモデルも理解しやすくなるでしょう。こういう多面体構造は、変わった分子を作ることで偶然できるかもしれないし、多面体構造を先に予想してそれを作らせるように分子を設計すれば意図的に創り出すことができるかもしれません。
そして、原子や分子であれば分子間力などによって勝手にこういった多面体構造を作ります。超電導材料や半導体、高機能性ポリマー、合金、触媒、ハイドレートなど様々な物質がこのような多面体構造を持っています。そのため、このような多面体の幾何学は純粋な数学だけの話ではなく化学工学、材料工学といった分野にも関係し、実際の私たちの生活に係わっています。多面体構造が変われば物質の持つ性質や機能も変わります。工場などで大規模に実際に利用するためのプロセスでも、これまで作れなかったものが作れるようになったり効率化・省エネ化したりと、大きく変えることができます。これからの環境・エネルギー技術に向けた材料・プロセス開発のための多面体構造が、理論上無限にあるというのは心強いですね。また、原子や分子に限らず、身の回りの建築物や道具もこういった構造を用いることで高機能化できるかもしれません。レゴやマインクラフトなどのブロックに馴染みがある人も多いと思います。そういったところで養った感覚を使って実生活に役に立つようなモノ・コトの研究開発を工学部で目指してみるのも面白いでしょう。
横浜国立大学理工学部 化学・生命系学科 准教授 室町実大
理工学部HP:https://www.es.ynu.ac.jp/
学科HP:http://www.chem-bio.ynu.ac.jp/
著者研究室HP:https://muromachi-lab.ynu.ac.jp/
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