
2023年9月29日
東北地区
岩手大学理工学部 システム創成工学科
社会基盤・環境コース
石川奈緒
トイレや台所などの生活排水は下水管を経由して下水処理場で処理されます。下水処理場では主に固形物や有機物を汚泥として除去し、除去された後の処理水を河川などの水環境に放流します(図-1)。
私たちが服用した医薬品は、一部は体内で病気の回復に利用されますが、多くが身体を通り抜けそのまま排せつされると言われています。医薬品は下水とともに下水処理場で処理されます。下水処理場での医薬品の運命は医薬品の化学構造、つまり種類によって異なり、① 処理の過程で分解する、② 固形分とともに下水汚泥に蓄積する、③ 除去されずに処理水とともに水環境に放流される、のいずれかです。③の場合は水環境中に医薬品が拡散するので、水環境中に生息している様々な生物に悪影響が及ばないか確認する必要があります。
医薬品には様々な種類がありますが、私たちは抗菌薬を対象に調査しています。抗菌薬は細菌感染症に対して使用する医薬品で、日本では年間500トン以上が消費されています。
まず、下水処理場の処理水が放流される河川で、処理水の他、河川水と処理水が合流する前後(上流地点、下流地点)で河川水を採取し、抗菌薬濃度を測定しました(図-2)。
図-3に、クラリスロマイシン、ロキシスロマイシン、スルファメトキサゾールの分析結果を示します。3種類とも上流の河川水中では濃度が低いのですが、処理水中には河川水よりも高い濃度で抗菌薬が含まれています。処理水が合流した後の下流では、処理水が河川水で薄まる(希釈効果)ので抗菌薬濃度は減少しますが、この地点ではまだ抗菌薬が残っていることがわかります。この後も環境中に残ったままなのか、自然の浄化作用(水環境中の微生物や植物、紫外線など)によって分解されるのか、調査を進めています。
処理水中に残っている抗菌薬を除去する方法についても研究しています。例えば、ゼオライトという粘土鉱物を使用した方法です(参考文献1)。処理水とゼオライトを接触させることで抗菌薬がゼオライトに吸着して除去される、またはゼオライトが持つ触媒作用によって抗菌薬が分解し除去されることが期待できます。図-5に5種類の抗菌薬について接触処理試験を行った結果を示します。ロキシスロマイシン、クラリスロマイシン、レボフロキサシンは、接触前よりも接触後で濃度が顕著に低くなっており、ゼオライトで除去できました。一方で、サルファ剤と呼ばれているスルファメトキサゾールとスルファピリジンはゼオライトとの接触前後で濃度が変わらないため、ゼオライト接触処理では除去でないことがわかりました。サルファ剤の除去については紫外線処理や水中プラズマ放電処理(参考文献2)など他の方法で除去する方法を研究しています。
水環境中には、抗菌薬だけでなくその他の医薬品や農薬、化学工業に使用される物質など、様々な化学物質が流入しています。本研究ではまず河川水中のそれらの濃度や残留性などの情報を収集し、藻類やミジンコなどの水域生態系保全にかかせない生物への影響を確認しています。今後、影響があると考えられる物質に関しては、下水処理場や排水処理施設で除去できるように研究を進めています。
参考文献
| 掲載大学 学部 |
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