
2025年9月12日
九州・沖縄地区
鹿児島大学 工学部
満塩 勝
幽霊だと思って不安だったけど、いざ確かめたら大したことなかった、といういわゆる「疑心暗鬼」を示す有名な諺ですね。科学的な目線で見ると、この諺には「実際にきちんと見ることの大切さ」も含んでいると思っています。人は目に見えるものは意識することができますが、目に見えないものはなかなか意識することができません。
人間の活動によって環境に排出される化学物質もそうです。かつて目に見えないまま排出されすぎた化学物質は、公害という自然破壊が人間に悪影響を及ぼすという目に見える形になってはじめて多くの人に意識され、そこから元の環境に戻そうという多大な努力が必要となり、それは今でも続いています。このような排出される化学物質の量が常に見えていたらどうでしょうか。人々は自然に排出されるものに注意し、その量を減らす努力をするのではないかと思います。また、可視化されたデータであればコンピューターと組み合わせることができるため、一定の量を超えたら自動的に警告を出したり排出をストップさせたりするという能動的な保全もできるようになります。
センサーという言葉を聞いたことのある人は多いと思います。身近な所だとスマートフォンがセンサーの塊ですね。センサーとは、温度や屈折率といった目に見えない物理量を見える形に変えてくれる「変換器」のことです。一般的に、目に見えない物理量はセンサー素子によって電流などに変換され、さらにコンピューターによって数値に変換されます。そのため、センサーの素子部分だけでなくコンピューターまで含めてセンサーと呼ばれることもあります。また、このような物理量を計るセンサーのことを物理センサーと言います。物理センサーには中学や高校で習う物理現象を利用するものも多いです。
図1はBK7という屈折率が高い材質でできたプリズムに、左下から右上に向かって緑色のレーザーを入射した時の写真と模式図です。屈折率が高い物質(BK7)から低い物質(空気)へ光が入射する時、入射角が小さいとプリズムと空気の境目でスネルの法則に従って光が屈折します。入射角を大きくしていくと、臨界角と呼ばれる角度以上で光が完全にプリズム側へ反射する全反射という現象が起こります。この臨界角はプリズムと空気の屈折率の比によって決まります。つまり、屈折率という目に見えない物理量を、レーザーを使って臨界角という見ることができる物理量に変換しているわけです。前述したスネルの法則を使えば、臨界角とプリズムの屈折率から空気の屈折率を計算することができます。さらに、レーザーの反射点に空気の代わりにジュースや果汁を置けばその屈折率を知ることができ、測定された屈折率を元に濃度や糖度を求めることができます。
金属が水に溶けると金属イオンという化学形態になります。金属イオンには、その種類によっては公害病の誘発や環境汚染の原因になるものがあります。そのため、日本の場合では水道水質基準や水質汚濁防止法などの基準や法律によって、飲み水や廃水に含まれる金属イオンの濃度が規定されています。これを監視できるセンサーを作ることが私たちの研究の一つなのですが、法律で定められた基準濃度は非常に低く、前述の物理センサーでは力不足となることがあります。
そこで必要となってくるのが化学反応を利用する化学センサーです。化学センサーは、実は物理センサーに化学反応を起こす部分を追加しただけの構造です。一言で化学センサーといっても、同じものを測るものでも物理センサーと化学反応の組み合わせが多岐にわたるため、世界中でたくさんの研究がなされています。私たちの研究では、化学反応で金属イオンをセンサーの表面に集めて濃縮し、これを表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance; SPR)センサーという物理センサーで測定するという方法を選択しています。
SPRセンサーの構造は前述の全反射の模式図とよく似ています。違うのは、プリズムと試料の間に50ナノメートル(1mmの2万分の1)程度の厚さの金の膜があることです。これによって試料の屈折率に対応した入射角や波長の光が吸収され、屈折の法則を使うよりも精度良く試料の屈折率や濃度を測ることができます。また、金の代わりに銀を使う研究も行っています。
この金の表面にキトサンと呼ばれる化合物の膜を作ると、特定の金属イオンと結合して、SPRセンサーの応答を増幅してくれます。図3は銅イオンの濃度を測ったものです。SPR現象によって銅イオンの濃度に応じて吸収ピーク(下に凸の頂点部分)が波長が長い右側にずれてくのですが、左のキトサン膜がない場合はこのピークの位置が0~100ppm(約0.01重量%)までほとんど移動していないのに対して、キトサン膜があるとこの移動幅が目に見えて大きくなり、10ppmという低濃度でもすでに応答していることが分かります。
このように、SPRセンサーに金属イオンと結合する膜を追加することで、重金属の監視に使える化学センサ-とすることができます。
SPRセンサーは光を使うセンサーなので、発光ダイオードなどを使うことで装置を小型化することができます。私たちの研究では、選択膜の研究と並行して、できるだけ小さく、かつ性能の良いセンサーの開発も行っています。
図4は開発中の小型センサーと、これを使ったエタノール水溶液を使った性能評価です。それぞれの濃度のエタノール水溶液が入った試験管にセンサーを差し込むと、その濃度に応じてフォトダイオードで検出される光の量が変わります。これはこの小型センサーが濃度や屈折に対して十分な感度を持った物理センサーであることを意味しています。このセンサー表面に前述のキトサン膜層を形成することで、携帯可能な環境監視センサーとすることができます。まだ筐体内には光学部品しか入っておらず、電源や測定結果の表示部分は配線で外側に出していますが、最終的にはすべて一つのユニットで完結する予定で研究を進めています。
環境分析などへの研究の適用をする場合、もう一つ考えないといけないことがあります。それは例えば河川の金属イオンを測ろうとする場合、測定したいもの以外にも細かい粒子などのセンサーに傷をつけるようなものが一緒に流れているということです。私たちの研究ではそういった厳しい環境でセンサーを使うことも想定して、センサーの表面を薄く硬い膜で保護する方法も検討しています。
この表面保護には様々な方法を研究していますが、図5はその中で酸化チタンを使った例です。どのくらい強さが増したかについては、鉛筆で引っかいて傷がつくかどうかで判断しています。左は何も加工しておらず、右が酸化チタン保護膜をつけたものです。図にあるとおり、保護膜をつけると鉛筆程度では傷がつかなくなっています。この保護膜は厚くすればさらに強くできますが、厚くしすぎるとセンサーの機能を損なってしまいます。そのため、センサーの応答に影響しない範囲で強度が確保できる厚さや作製の条件等を研究しています。先程の小型センサーの表面をこの保護膜とキトサン膜で覆うことで携帯可能な環境監視センサーが完成し、世に送り出せるようになります。
以上が鹿児島大学工学部先進工学科 化学生命工学プログラム 吉留・満塩研究室の環境への取り組みの一例です。私たちの生活は数多くのセンサーで見守られていますが、まだまだ実現されていないことも多く、多くの研究を必要としています。私たちは、これからもセンサーの開発を通じて社会の役に立つ研究を行っていきます。
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