2025年4月4日
中国地区
山口大学工学部感性デザイン工学科
教授 李 柱国
ポルトランドセメント(PC)は、200年にわたり近現代建築の発展を支えてきた一方で、主原料である石灰石を1450℃で焼成するため、CO2排出量が非常に多いという課題があります。PC製造におけるCO2排出量の内訳は、石灰石の熱分解起源が約6割、熱エネルギー・電力消費起源が約4割を占めます。セメント産業は、日本の産業部門のCO2総排出量の約6%を占めており、カーボンニュートラル実現のためには、石灰石と焼成工程を不要とし、廃棄物を主原料とする低炭素セメントの開発が不可欠です。
上記の背景を踏まえ、山口大学工学部感性デザイン工学科建築材料学研究室では、アルミノシリケート廃棄物粉末にCO2リサイクル技術で製造可能な重曹や炭酸ソーダ粉末を添加することで、従来のPCとは全く異なる炭素固定型低炭素セメント(以下、GCと略記)を開発しました。
日本では鉄鋼スラグの排出量が多く、2021年度には3470万トン(内訳:高炉水砕スラグ1866万トン、製鋼スラグ1008万トン)に達しました。石炭火力発電所からは年間約1200万トンのフライアッシュが排出されています。また、廃コンクリートから再生骨材を製造する際に再生微粉も副産物として大量に発生しています。鉄鋼スラグとフライアッシュの合計排出量は、PC生産量(2021年度:3833万トン)を上回ります。しかし、高炉水砕スラグ微粉末(GGBFS)とフライアッシュ(FA)の一部はPC原料やPCコンクリートの混和材として利用されているものの、製鋼スラグ(SS)と再生微粒・粉(WC)については、路盤材以外の有効な再利用方法は確立されていません。
そこで、私たちは、GGBFSの潜在水硬性を引き出し、FAのポゾラン反応を誘発させるために、GGBFS粉末単体またはFAとの混合粉末に、遊離石灰やCa(OH)2を含むSSやWCを混合しました。さらに、GCの凝結時間の調整と硬化後の強度向上を目的として、CO2リサイクル技術で製造可能な重曹(NaHCO3)や炭酸ソーダ(Na2CO3)粉末を添加し、GCを作製しました。GCに加水しますと、GGBFS,FA粉末からC-A-S-Hゲルが生成され硬化します。また、重曹や炭酸ソーダは、GGBFSから溶出されるCa2+の一部と反応してCaCO3を生成し、硬化体中に炭素を固定します(図1を参照)。
図2に示すように、GGBFSとSSの質量比が7:3、重曹(Sb)の添加率を12%または15%とした鉄鋼スラグ・重曹系GCを用いて、水とGCの質量比0.50、海砂とGCの質量比2.0でモルタルを作製したところ、28日材齢の圧縮強度は約40N/mm2を示しました。さらにGC質量の5%の炭酸ソーダ粉末(NC)を添加することで、モルタルの強度は40N/mm2を超えた。NCを添加しなくても養生を続けると、91日材齢の圧縮強度は45.0N/mm2を上回ることを確認した1)。また、Sbの添加率とSSの混合率を変えたモルタル(水と砂の使用量は上記と同様)についてTG-DTA分析を実施し、CaCO3含有率を調べた結果(図3参照)より、硬化モルタルにはその質量の5.6~6.3%に相当するCO2が固定されていることが明らかになりました。
一方、GGBFS、FA、粒度0~0.63mmのWCおよびNCからなる再生微粒粉・炭酸ソーダ系GC(GGBFS3割,FA5割,WC2割,NC添加率8~20%)を用い、水/GC質量比0.55、海砂/GC質量比2.0で作製したモルタルの28日材齢と3か月(91日)材齢における圧縮強度を図4に示します。NC添加率が小さい(8%)場合と大きすぎる(20%)場合には圧縮強度が低下し、10%の添加率で圧縮強度が最大となり、91日材齢で45N/mm2を超えました。WCからのCa(OH)2溶出とGGBFS,FAの硬化反応は時間がかかるため、28日材齢の圧縮強度は若干低く、約30N/mm2でしたが、実用強度範囲内です。CO2の固定量はモルタル質量の約4.8%でした2)。図5に示す再生微粒粉・炭酸ソーダ系GCモルタルのSEM画像より、CaCO3の生成を確認し、材齢とともにFAの反応が増加することがわかりました。
GCは早期材齢における強度発現が低く、28日材齢の圧縮強度は普通ポルトランドセメントのJIS規格を満たしていません。調合の最適化によって改善の余地があるものの、低熱ポルトランドセメントの強度に関するJIS規格を満足しています。一方、鉄鋼スラグ・重曹系GCのCO2排出原単位は約57.7kg/トンと試算されており、PCの874.0kg/トン3)と比較して大幅に削減できています(後者の約6.6%)。
石灰石等の焼成で製造されるPCのCO2排出量が多いのは、セメント製造の構造的な問題と言えます。セメント産業におけるCO2排出量を削減するためには、根本的な技術革新が不可欠です。当研究室では開発した、廃棄物を活用した石灰石・焼成不要の新型セメント(GC)は、セメント技術変革の種火の一つとなり得ると考えています。今後は、GCの調合最適化、性能向上、耐久性を含む各種性能の解明を通してGCの実用化を図り、カーボンニュートラルの実現と循環型社会の構築に貢献したいと考えています。
1)西村慈温・李柱国:製鋼スラグ粉末と重曹をアルカリ刺激材とした炭素固定化One-Part型ジオポリマーに関する研究,日本建築学会中国支部研究発表会,Vol.48,pp.45-48,2025.3
2)佐々木歩美・李柱国:アルカリ性廃材と炭酸ソーダをアルカリ刺激材とした炭素固定化One-Part型ジオポリマーに関する研究,日本建築学会中国支部研究発表会,Vol.48,pp.41-44,2025.3
3)日本建築学会:建築のLCA指針-温暖化・資源消費・廃棄物対策のための評価ツール(改訂版),p.137,2024.3
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