2024年12月20日
九州・沖縄地区
長崎大学工学部工学科構造工学コース教授
源城かほり
2023年7月、世界の平均気温は観測史上最高を更新したことを受け、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は“地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が始まった”と述べました。実際、日本においても、2023年5月から9月の熱中症による救急搬送者は約92,000人と、2008年以来、2番目に多かったそうです1)。熱中症による救急搬送者のうち、発生場所別で最も多いのが住居であり、搬送者全体の40%を占めています1)。したがって、熱中症は屋外よりも屋内の方が発症しやすいのです。まずは、このことを我々は認識する必要があります。写真1は長崎市内の夏期におけるある保育室の熱画像です。私の研究室では、保育室の環境が子供の健康にとって適切かどうかを調べる実測調査を10年ほど前から継続して行っています。保育室の夏の熱画像から、エアコン吹出口の下部には空調した空気が行き渡っていますが、窓際の表面温度は高くなっており、室内でも窓際付近では暑いことがわかります。
そもそも人間は1日の約6割を室内で過ごしているのですが、地球沸騰化を受け、室内で過ごす時間が今後ますます長くなることが予想されます。したがって、熱中症をはじめとする暑熱障害を防ぐには、室内の温湿度を適切にコントロールする必要があるのです。一方で、人間には、元来、発汗や血管反応等、環境への適応能力が備わっています。この適応能力を活用しつつ、適切な空調設備の使用や着衣調節等、住まい方を工夫して賢く健康に住まうことが望ましいと言えます。
熱中症の発症リスクを示す代表的な指標として、WBGT(Wet Bulb Globe Temperature、湿球黒球温度、通称、暑さ指数と呼ばれる)があります。熱中症による死亡数や救急搬送数との相関関係は日最高気温よりもWBGTとの方が高いと言われています。WBGTの算出式は、屋外で日射がある場合と屋内で日射がない場合とで異なっており、屋内で日射がない場合は、以下の式を用いて算出されます。
WBGT[℃]=0.7×湿球温度[℃]+0.3×黒球温度[℃]
黒球温度には日射や輻射の影響が、湿球温度には空気の湿度の影響が反映されます。したがって、上式からわかるように、WBGTは気温だけでなく、湿度や輻射の影響を大きく受けるのです。熱中症リスクは、WBGTの上昇に伴って高まり、WBGTが25℃未満だと注意、25℃~28℃だと警戒、28℃~31℃だと厳重警戒、31℃以上になると危険と判断されます2)。例えば、日常生活において、夏の室内で温度が28℃の場合、相対湿度が75%以上になると、WBGTは28℃以上の厳重警戒となります。しかし、温度が28℃の場合でも、相対湿度を55~70%に下げることができれば、WBGTは25~27℃の警戒レベルとなり、熱中症リスクを下げることができます。このように、熱中症リスクを防除するためには、温度を下げるだけでなく、湿度を下げること、つまり除湿が重要となるのです。除湿にはエアコンの使用が第一であり、加えて梅雨時には除湿機も併用することや、それ以外には機械換気設備の運転も有効です。日本では、夏の外気は高湿であり、換気のために窓を開放すると、じめじめした外気をそのまま室内に取り入れることとなり、室内の湿度が上昇してしまいます。夏における室内湿度の上昇は、熱中症リスクを高めるだけでなく、カビやダニの発生を助長することになり、ぜんそくやアレルギーの発症に繋がる可能性もあるので、十分な注意が必要です。当研究室では、写真2に示すようなWBGT計(ビーバーワークス株式会社製)を企業と共同で開発しており、これを用いれば、園庭や渡り廊下等、屋外での熱中症リスクの有無を室内から遠隔で確認することができます。
熱中症を防ぐ上で注意すべきポイントは3つあります。一つ目は、生活活動強度や作業の持続時間です。同じ温湿度条件であっても、生活活動強度が高い場合や、作業持続時間が長い場合には、熱中症の発生リスクが高まります2)。洗濯や炊事、電気掃除機による掃除は軽い作業に当たりますが、掃き掃除や拭き掃除、布団の上げ下ろし、床磨きは中等度の作業となります2)。家事は中等度の作業に当たるケースが多いため、軽い作業に比べ熱中症リスクが高くなりますし、軽い作業であっても長時間作業を行なえば、それだけ熱中症のリスクが高まります。大学における実験・実習は体を動かす程度にもよりますが、中等度の作業となる場合もあり得るのではないでしょうか。また、実験・実習を暑熱環境下で実施する場合には、長時間の作業を避け、作業の合間にこまめに休憩時間を設ける等、作業の持続時間にも配慮することが肝要です。なお、屋外での作業となりますが、庭の草むしりや芝刈りは中等度の作業に該当しますので、真夏に行えば熱中症のリスクが高いことから十分な注意が必要です。
熱中症を防ぐ上で注意すべきポイントの二つ目は、着衣の調節です。例えば、真夏に、エアコンの効いていない部屋で、耐熱、耐炎の風通しの悪い素材の作業服を着用して、足元から首元まで身体を全て覆いながら、溶接等の実習を行うのは、熱中症のリスクの観点から非常に危険です(写真3)。夏場は、着衣にも配慮して、できるだけ通気性や吸湿性の高い作業服を着て作業を行うことが大切です。最近、工事現場等では、熱中症対策として、小型ファンの付いた空調服を着用した作業員をよく見かけます。
熱中症を防ぐ上で注意すべきポイントの三つ目は、日射遮蔽と気流の活用です。日射は室温を上昇させるため、カーテンやブラインド等で日射遮蔽を行いましょう。屋外では日射のない日影で作業を行いましょう。写真4(熱画像)は長崎大学工学部の中庭における夏期の熱画像ですが、炎天下において、影になっているところとそうでないところの表面温度を比較すると、10℃も差があることがわかります。室内の冷房設備のない場所では、スポットクーラーの他に、サーキュレーターや扇風機を用いて気流を活用することによって、体感温度を下げることができます。夏の服装のときに、気流が0.15 m/s~0.25 m/sあれば、室温が1℃下がったのと同等の感覚になると言われます3)。前述の空調服は、着衣に気流の機能を持たせて体感温度を下げるための工夫が施された着衣と言えるでしょう。
気候が大きく変動する中で、人間も従来どおりの住まい方を続けるのではなく、変動する気候に適応して、住まい方や生活の仕方を変えていく必要があります。このような考え方は、広い意味で、運動会等、屋外で実施している学校行事の時期を抜本的に見直すことも含んでいます。大学においても、冷房の効いていない暑熱環境下で実験や実習を行う際には、学生や教員・スタッフが熱中症にならないよう、十分、留意する必要があります。ひと昔前までは水分補給が熱中症対策の一助となっていましたが、地球沸騰化と評される昨今の暑熱環境の下では、水分補給を積極的に行うだけでは熱中症対策として不十分であり、空間自体を積極的に冷やす必要があります。空間全体を冷やすことが難しい場合には、スポットクーラー等を用いて局所的に冷却スポットを設けるように努めましょう。屋外での実験や実習は、思い切って夏以外に実施するのが安全です。また、IoTを教室や実習場所での環境の見える化に適用して、温度や湿度をモニタリングしたり、サーモグラフィーで体表面温度を確認したりしながら、実験、実習を安全に行うことができるように教育・研究環境を整備することは、教員としての責務であり、“いのちを大事に”を念頭に置きながら、教育研究に臨む必要があるでしょう。
1)消防庁、令和5年(5月から9月)の熱中症による救急搬送状況、2023.
2)日本生気象学会、日常生活における熱中症予防指針Ver.4、2022.
3)九州住環境研究会、ハイブリッド・エコ・ハートQ住宅の科学 ②住宅の快適指標編、pp.21-22、https://www.ecoq21.jp/latest-article/no140/no140.pdf、2024年9月23日閲覧.
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