2024年12月5日
信越・北陸地区
富山大学 工学部
工学科知能情報工学コース教授、副工学部長 田端俊英
富山大学工学部は全体が一つの学科(工学科)を成し、その中に5つのコース(電気電子工学コース、知能情報工学コース、機械工学コース、生命工学コース、応用化学コース)が含まれている。富山大学は全学ミッションとしてSDGsの達成に寄与することを掲げており、それを実現すべく、工学部の全てのコースでそれぞれの専門分野から多角的に環境問題に取り組んでいる。ここではそのうちの代表的な研究および教育の取り組みをいくつか紹介したい。
応用化学コース触媒・エネルギー材料工学研究室(椿範立教授、工学部カーボンニュートラル物質変換研究センター長)では、産業分野で排出される二酸化炭素やバイオマスから有用な化学製品やエネルギー製品を生産する研究に取り組み、我が国のみならず世界的な環境問題の解決に寄与している。まず化学製品に関する取り組み(NEDO事業)として、日鉄、三菱商事などとの産学連携で、二酸化炭素から低炭素PETプラスチックの合成を行う技術を開発している。この技術を用いたパイロットプラントを千代田化工建設、日鉄が建設し、運転中である(図1)。この低炭素PET繊維が富山の大手服装メーカーGoldwin社の有名銘柄The North Face製品として、パリ五輪へ出場するスポーツクライミング日本代表、米国代表、韓国代表らへ提供されている。次に、液体エネルギー製品 に関する取り組みとして(NEDO事業)、JCOAL、タイ王国と国際連携で、バイオマスや廃プラスチックのガス化、および二酸化炭素から低炭素ジェット燃料を生産する技術を開発している。タイ現地大型反応塔を運転している。また、エネルギー製品に関する取り組み(NEDO事業)として、ENEOS、日鉄との産学連携で、二酸化炭素から低炭素LPGを生産する技術を開発している。この技術を用いて、瀬戸内海の中国電力と電源開発二社の火力発電所が排出する二酸化炭素から低炭素LPGを生産するプラントが稼働中である。さらに、別のエネルギー製品に関する取り組み(日本政府ODA事業)として、古いゴムの木、もみ殻からガス化を経てガソリン、LPG、軽油とアルコールを生産する技術を開発している。この技術を用いて、タイ王国Saraburi 州において BTL (biomass to liquid) プラントが稼働中である。
知能情報工学コース情報通信ネットワーク研究室(渡邉琢磨講師)は、偏波SARトモグラフィを用いて森林バイオマスを推定するモデル実験を行っている。地球環境変動において森林は炭素や水分の循環に重要な寄与をしており、地球環境の把握や環境変動のモデル化には広域にわたる森林の迅速な観測が求められる.とりわけ、樹木の体積と直接関係するバイオマスは森林の重要な物理パラメータの一つである。この目的に対し、合成開口レーダ(synthetic aperture radar: SAR)は有力な地球観測技術である。特に、同一の領域を複数の軌道から観測して三次元の反射係数分布を推定するSARトモグラフィ(SAR Tomography, TomoSAR)は、観測対象物の体積に関係するパラメータの推定が行えるため、森林バイオマス推定への応用が期待される。渡邉らは電波暗室内における縮小モデル実験によって、簡略化した森林モデルを用い、樹木の分布密度に対するSARトモグラフィ画像の変化と、森林バイオマス推定に利用できる可能性のある偏波パラメータについて検討を行っている。このような技術が完成すれば、カーボンニュートラルを推進する上で、地球上のどこにどのくらいの新しい資源が“埋蔵”されているかが明らかになるとともに、こうした資源の適切な利用法を世界規模で議論できるようになると考えられる。
知能情報工学コース人工知能研究室(高尚策教授)では、AIを用いて太陽光発電、潮力発電、風力発電の設備の最適化を行う研究を行っている。例えば、大規模出力の風力発電施設で多数の風車タワーが林立する、風車ファームを建設することになる。風車は発電するために風力のエネルギーを消費し、また風の流れに乱流を起こすこともある。こうした現象は隣接する風車による発電を阻害することになるため、風車どうしの配置を工夫して、全ての風車の総合発電量を最大化する必要がある。また風向は絶えず変化することから、風車ファームの年間の天候データも参照して、通年で発電量が激しく増減しないように考慮する必要がある。こうした複雑な条件が絡み合う中で最適な風車の条件を探索する課題はAIの得意とするところである。ただし、用いるアルゴリズムが問題に適切なものでなければ、AIが最適条件を探索する効率が低くなるため、人工知能研究室ではさまざまなアルゴリズムを比較して、課題ごとに最適なAIシステムを構築している。
近年、経団連や文科省も大学に研究成果の社会実装を進めるように促しており、また企業における研究開発でもより社会に評価されるものをつくるプレッシャーがあり、ニーズドリブンの考え方を研究や開発に持ち込むことの重要性が喧伝されている。しかし環境問題を含め社会の課題は時代によって大きく変化する。そのため、現在一番重要と考えられている社会のニーズも、次の時代には大きく変化する可能性がある。したがって、ニーズドリブン一辺倒で工学部における教育を行うと、学生が世の中に出たときにはその教育内容が全く役に立たない可能性がでてくる。環境問題をもっと長期的な視点から解決していく人材を育てるためには、時代を超えても陳腐化しない基礎的な内容にも焦点を当てて教育し、変化していく世の中で新しいテクノロジーを生み出し、それによって社会のニーズさえも先導していく必要がある。このような考えから、富山大学では工学部およびその他の学部が結集して、カーボンニュートラルに関する教育でテクノロジードリブンのカリキュラムを構築している(會澤宣一教授、応用化学コース精密無機合成化学研究室)(図2)。具体的には、カーボンニュートラル社会実現に向けて、社会のニーズを理解し、明確な目的を持てる高度専門人材を育成しようとしているが、教育では社会ニーズだけにとらわれず、各専門分野の古典的基礎のトレーニングに注力している。例えば、応用化学コースにおいてはカーボンニュートラルの実現に向けて世界でどのような動向があるかを教授する一方、その基礎の基礎たる技術、例えば二酸化炭素からメタン等を得るための化学反応と、実際にそのような化学反応を起こすための工業的な仕掛けについて徹底的に理解させるようにしている。このような教育を通じて、本学部では環境問題に取り組む次世代の人材の輩出を目指している。
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