2020年9月18日
中国地区
島根大学 総合理工学部
私たちのまわりには、多くの電気機器があふれています。家電製品から情報端末はもちろんのこと、自動車などの乗り物も近年は電動化により電気機器の成分を強めつつあります。電気機器の進展として情報機器化がありますが、すべてのものを情報機器化して繋げることで、社会全体を総合的に効率よく動かすことができるようになります。これがIoT(モノのインターネット)で、この先数年で無線通信のブロードバンド化と相まって、社会の様々な面での大変革が期待されます。
このIoT時代で情報処理の要とされるのが半導体集積回路であります。これは主に真空成膜技術とフォトリソグラフィ技術によって作られています。しかし真空成膜技術の一つである化学気相堆積法では様々な有害ガスが、またフォトリソグラフィ技術では多量の有機溶剤や化学薬品が使われているように、半導体の製造には有害物質多用のイメージが付きまとっています。有害物質の使用量はこの先のIoT時代到来とともに増えることが予想されます。半導体工場では発生した有害物を後でコストをかけて回収することでほぼゼロエミッションを実現していますが、島根大学では有害物の使用を避けて高性能シリコン半導体デバイスを作製できる環境づくりに取り組んでおります。
図1にデバイス作製実験室での一風景を紹介します。まず意外に思われるのは、クリーンルームがない、ということではないでしょうか?これで歩留まり99%以上というのは難しいですが、搬送や保管に気を使えば歩留まり80%以上は問題ないので、大学研究ならばこれで十分です。クリーンルームをなくしたことで、実験時は不快な無塵衣から解放されることができました。
基板洗浄ですが、有機溶剤や酸液を使わずに、5%酢酸を添加した高濃度オゾン水のみで行っています。つづく薄膜堆積については、Si膜もSiO2ゲート酸化膜も、スパッタ堆積法で成膜しています。Si膜は石英基板上に堆積した後に、独自の紫外ダイオードレーザーを用いたマイクロシェブロンレーザービーム走査(µCLBS)法によってSi膜中に単結晶帯を形成して使用しています。薄膜トランジスタ(TFT)を作製する際はSi膜をエッチングすることで、マスクなしで単結晶Si帯を残してTFTチャネル領域とすることができます。高濃度ドープSi膜については、Siスパッタターゲットに米粒大のアンチモンや赤リンやホウ素などを、ビスマスやインジウムを接着剤にしてくっつけることで得られています。赤リンの場合はリンの同素体がチャンバ内に残留する可能性がありますが、Siとの共スパッタなのでリンは固着されることに加えて、保守時のチャンバ開け閉め時は原則教員帯同としています。このように安全でクリーンな環境でデバイスは作製されているので、安心して学生に実験してもらうことができます。
金属電極はメタルマスクで行っており、幅50µmの細線が安定して形成できています。半導体デバイスを脱フォトリソすることで、 TFTを作って測定するのに要する時間は5日間を切るようになります。迅速なレスポンスによりデバイス構造や工程にフィードバックすることができます。
完成したTFT試料写真を図2に示します。18mm角の石英基板に、200個近いTFTを作ることができます。これとは別の試料になりますが、一本の単結晶Si帯の上に25個のTFTを形成して評価しました。このうち23個はまともに動きました。23個の伝達特性を図3に、諸特性の正規分布プロットを図4に示しました。最大電界効果移動度は548cm2/Vs、平均サブスレッショルド値は0.255V/dec.、平均オンオフ比は1.65×107と最高レベルのTFT特性です。クリーンルームがなくてもこのような特性は出せるのです。この試料は、Si膜は外部のLPCVD膜で、S/D領域ドーピングは広大ナノテクプラットフォームのイオン注入で行いましたが、今後はSi膜もS/D領域ドーピングもすべて島根大学のスパッタ装置で完結して作製できる見通しです。
今後増えていく情報機器に対して、どう環境負荷を減らしつつ産業発展を持続させられるかに対して、我々の解決策が、製作時の有害物質の不使用と、安い真空装置で、高性能なデバイスを作るというものでした。ナノレベルの最先端LSIには敵わないものの、ディスプレイ用途のTFTには性能は勝っています。小さい環境負荷と製造コストの優位性に加えて、スパッタ成膜の多様さからSi以外の材料を簡便に試すことができるので、Siを基点に更なる技術革新の可能性も今後は出てきます。そして学生は有害物質との接触なしに、窮屈な無塵衣を着ることもなく、アイディアを試すために短いサイクルでデバイスを作製して改善していくプロセスを通じて、問題発現能力と解決能力を身に着けることができます。
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