みなさんは「エラスチン」をご存知ですか?エラスチンは、コラーゲンと同じ仲間の「細胞外マトリックス」という種類のタンパク質で、私達の体を形作るために必要な物質です。コラーゲンは歯や骨などの硬い組織の形成に関わるタンパク質で、組織の硬さ(剛性)に寄与します。これに対して、エラスチンは血管や肺など、弾力性を必要とする部位に含まれており、組織の伸び縮み(弾性)に寄与するタンパク質です。私達の体内で、エラスチンからなる弾性線維が正常に形成されないと、組織に弾力性がなくなり硬化してしまうため、それが原因となる様々な病気を発症してしまいます。
エラスチンは、ほぼ唯一の弾力性をもつタンパク質として知られています。その弾力性の発現には「コアセルベーション」という、エラスチンのみがもつ温度依存的な構造変化の性質が必要であることが分かっています。
エラスチンの水溶液は低温では均一な透明の溶液ですが、温度を上げていくとエラスチン分子が自己集合し液滴の状態になって析出してくるため、溶液が白濁します。続けて溶液の温度を下げると、元の透明な状態の溶液に戻ります。この現象は何度繰り返しても再現性があり、この温度変化によるエラスチンの可逆的な分子集合⇄脱離の変化を“コアセルベーション”とよびます。通常のタンパク質溶液の場合は、温度を上げて溶液が白濁するまで構造変化させると、卵の白身を加熱した時のように濁って固まってしまい温度を下げても元の透明な溶液には戻りません。しかし、図1に示すように、エラスチンは何度でも温度を上げ下げして白濁したり透明に戻ったりすることを繰り返すことができます。このようなエラスチンの可逆的な変化の性質(コアセルベーション)が、私たちの体の組織の弾力性の発現につながるといわれています。
エラスチンのコアセルベーションを観察しましょう!
上記の3-1、3-2で準備したエラスチン溶液を用いて、エラスチンのコアセルベーションを観察しましょう。研究室のメンバーが作成してくれた動画(図2)をご覧下さい。
図2 コアセルベーションの観察
皆さん、いかがでしたか?低温では透明だったエラスチン溶液が、私達の体温に近い30℃以上の温度ではコアセルベーションし白濁しました。また、その溶液を再度低温へ戻すと、元の透明な水溶液に戻ることも観察できました。この現象は何度でも繰り返して観察することができます。
水溶液中のエラスチン分子の動きを考察してみましょう。(図3)まず、低温の溶液中では個々のエラスチン分子が水和されて水に溶解しています。疎水性のエラスチンは溶液の温度が上がると規則的に折りたたまれていき、多くのエラスチン分子が自己集合して液滴を形成します。液滴が溶けることができなくなり析出すると溶液は白濁します。次に、溶液の温度を下げると、折りたたまれていたエラスチン分子がほどけていくため、エラスチン分子はバラバラになり個々が水和された元の状態に戻ります。このように、私達の体の中で弾力性を発揮するエラスチンは、温度に依存した物理化学的な分子の動的構造変化により、可逆的な動きができると考えられています。
エラスチン分子が可逆的な構造変化をすることができるのは、エラスチンの特徴的な構造に起因します。エラスチンは他のタンパク質と同様にアミノ酸から作られていますが、そのアミノ酸配列中に疎水性アミノ酸からなる繰り返し配列が存在します。これまでの研究で、エラスチンの中に含まれるVal-Pro-Gly-Val-Glyの5つのアミノ酸からなる配列がエラスチンのコアセルベーションに重要であることが報告されています[1,2]。また、コアセルベーションの発現には分子サイズの大きいポリペプチドであることが必要であることも分かっています。最近の研究で、天然のアミノ酸配列を基に分子の疎水性を高めていくと、小さいサイズでもコアセルベーションするエラスチンをデザイン・合成できることが明らかとなりました[3,4]。
コアセルベーション能をもたない、サイズの小さいエラスチンペプチドは生理活性を有することが知られ、近年はサプリメントや化粧品用の素材としての期待も高まっています[5]。今後は、多様な性質をもつエラスチンについてさらに研究を進め、社会へ貢献していきたいと考えています。
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