磁場を加えると、磁気モーメント(N極とS極の対)が誘起されると云うのは、全ての物質が普遍的に示す性質です。そのときに、磁気モーメントの向きが磁場の向きに平行になる物質が、常磁性体と強磁性体で、それが反平行になる物質が反磁性体です。
反磁性体は、磁場中で安定に3次元浮上できます。例えば、磁場中で生きたカエルを浮上させた実験はイグノーベル物理学賞(2000年)の対象になりました。一方、常磁性体や強磁性体については、静止物体の3次元浮上は原理的に不可能なことが、アーンショーの定理(S. Earnshaw, On the nature of the molecular forces which regulate the constitution of the luminferous ether, Trans. Cambridge. Philos. Soc. 7, 97 (1842). ) として知られています。
今回のおもしろ科学実験室はこの定理を検証する2種類の実験です。実験Aは、静止した強磁性体を利用するもので、実験Bでは、回転する強磁性体を利用します。
実験A 複数のパチンコ球を用いた実験
準備するもの
- 市販Nd-Fe-Bリングマグネット1個:外径 約50mm、内径 約30mm、長さ 約40mm
- アクリル製ケース: 約90 mm ×約70 mm ×約13 mm
- パチンコ球7個程度:直径10 mm, 質量 5.5 g
- アクリル製スペーサー数枚:リングマグネットとパチンコ球間距離調整に使う。
手順
- パチンコ球7個程度をアクリル製ケースに入れる
- リングマグネットで5~6個のパチンコ球を吸い付ける
- リングマグネットの軸を水平面で回転、移動する。
- リングマグネットとケースと間に適当なスペーサ-を挿入する。
- 上記2~4を繰り返して、スペーサーの厚さを徐々に変えながら、パチンコ球の鉛直方向に関する安定位置を探す。
別の方向から観察してみる
アーンショーの定理どおりである
パチンコ球を用いた実験は、2003年に国内で最初になされ、複数の新聞で報道されました。その後、関連した研究が国際的学術雑誌で発表されています。
- S. Sasaki, I. Yagi, M. Murakami, Levitaion of an iron ball in midair without active control, J. Appl. Phys. 95, 2090 (2004).
- M. Sakai, T. Takabayashi, K, Sugawara, T. Shibayama, Y. Shimomura, T. Orikasa, K. Kamishima, N. Hiratsuka, Levitation mechanisms of a single steel ball under moderate magnetic fields provided by a Nd-Fe-B ring magnet, J. Appl. Phys. 15, 083908 (2005).
- M. Murakami, Y. Nishimura, T. Hirooka, S. Sasaki, I. Yagi, Interaction of multiple iron balls in magnetic fields, J. Appli. Phys. 97, 083911 (2005).
- Y. Sakurai, Magnetic levitation of an iron ball, J. Appl. Phys. 104, 044503 (2008).
実験B 磁石製コマの回転を利用する
準備するもの
手順
- 磁石製土台をできるだけ水平にする。
- 水平にした磁石製土台の上に、プラスチック製台を置き、その台上で、磁石製コマを指で勢いよく回す。
- コマが安定に回り始めたら、プラスチック製台を静かに持ち上げる。
- コマが適切な位置にくると、プラスチック製台から、ふわっと、離れて、次の動画のようになります。
- 最初のころはうまく行きません。辛抱強く行ってください。
レビトロンTMの浮上メカニズム(仮説)
- コマの回転軸(角運動量の向き)と磁石の方向(磁気モーメントの向き)は一致している。
- コマの回転が継続する間は、磁石製土台と磁石製コマとが反磁性的配置にある。
- 回転軸の向きが鉛直方向から傾くと、磁気力が偶力となって、コマに才差運動が発生するが、自転は継続する。
- コマの回転がなくなると、落下するので、アーンショーの定理と矛盾しない。
レビトロンTMの浮上メカニズムは、物理学の研究対象となって、国際的学術雑誌にいくつかの論文が発表されています。
- M. V. Berry, The LevitronTM: an adiabatic trap for spins, Proc. R. Soc. Lond. A 452, 1207 (1996).
- M. V. Berry and A. K. Geim, Of flying frogs and levitron, Eur. J. Phys. 18, 307 (1997).
- T. B. Jones, M. Wasizu, R. Gans, Simple theory for the Levitron, J. Appl. Phys. 82, 883(1997).
- M. D. Simon, L. O. Heflinger, S. L. Ridgway, Spin stabilized magnetic levitation, Am. J. Phys. 65, 286(1997).
今回の実験のまとめ
- 強磁性体を用いた磁気浮上には、反磁性的配置を安定化する仕掛けが必要である。
- パチンコ球の場合は、補助パチンコ球を利用することで、静止する2次元浮上が可能であるが、3次元浮上はできない。これはアーンショーの定理どおりである。
- レビトロンTMの場合は、磁石製コマの回転運動を利用することで、3次元浮上が可能である。回転が止まると、浮上できないので、アーンショーの定理と矛盾しない。