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環境への取り組み

カーボンニュートラルに向けたエネルギーシステム研究

関東地区

2023年9月29日
関東地区

横浜国立大学工学研究院
准教授 大槻貴司

研究分野について

 エネルギー分野では、気候変動や電気料金高騰、エネルギー安定供給などの問題が山積みです。そのような社会課題を背景に、大槻研究室では将来のエネルギーのあり方に関する研究を行っています。より具体的には、「カーボンニュートラルかつ低廉、強靭なエネルギーシステムを実現するためには、国や企業はどのエネルギーを使えば良いか?」という問いに対して、数理モデリングとシミュレーションを駆使して定量的な検討を進めています。国の政策や企業の意思決定を支援すべく、新たな数理モデルの開発や研究成果の発信に努めています。

気候変動問題とエネルギー

 産業革命後(1850-1900年)と比較して、地球の平均気温は既に1.09℃上昇しました[1]。このような地球温暖化や、それに伴う気候変動の主な原因は人為起源の温室効果ガス(GHG)とされています。GHGには二酸化炭素(CO2)やメタン、一酸化二窒素などの様々なガスが含まれますが、温暖化に最も寄与しているのはCO2です。したがって、地球温暖化や気候変動問題の解決にはCO2の排出削減が不可欠です。国際社会は「世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える努力」をする長期目標を掲げています(国連気候変動枠組条約のパリ協定です)。その達成には、2050年ごろにカーボンニュートラル、すなわち世界のGHG排出量を正味でゼロにする必要があるといわれています。

 では、CO2は人間社会のどこから排出されているのでしょうか?その大部分は化石燃料のエネルギー利用(つまり、化石燃料の燃焼)から排出されています。身近な例を挙げると、乗用車でのガソリン利用や家庭での給湯・調理における都市ガスやLPガス(液化石油ガス)利用からCO2が発生しています。また、スマートフォンやパソコン、エアコンなどは電力で動きますが、現在、日本における発電の大部分は石炭火力発電や天然ガス火力発電が担っています。日本において電力を利用することは間接的にCO2を排出しているといえます。このような、化石燃料の燃焼に起因するCO2は「エネルギー起源CO2」と呼ばれます。世界の年間CO2排出量のうち、エネルギー起源CO2は約9割を占めます。

エネルギーシステムの脱炭素化に向けた数理モデル分析

 エネルギーの生産から輸送、消費にわたる物流の体系は「エネルギーシステム」と呼ばれます。2050年に向けて、私たちは、エネルギーシステムのCO2排出を正味ゼロにする道筋を具体化する必要があります。しかしながら、そのような道筋を描くのは容易ではありません。エネルギーシステムには多様なエネルギーの種類や利用形態が含まれ、非常に複雑だからです。図1はエネルギーシステムの構成要素とそれらの関連を表した例です。細かくて文字が読めないと思いますが、それほど複雑であることを示すために載せています。左側がエネルギーの物流の上流側で、天然のエネルギー資源(石炭や原油、天然ガスなどの化石燃料や、太陽光や風力、水力、バイオマスなどの再生可能エネルギー、そして原子力)が並んでいます。右側に移るにつれて、それらが電力や石油製品などの身近なエネルギーに変換され、右端の最終需要に届きます。様々な要素が絡み合う、入り組んだシステムであることが分かります。

図1 エネルギーシステムの構造の例 図1 エネルギーシステムの構造の例

 この複雑なシステムの中で、将来、どのエネルギー資源を開発し、どのように使うべきなのでしょうか?天然のエネルギー資源には限りがあります。化石燃料や原子燃料(ウラン鉱石など)は枯渇性ですし、太陽光や風力発電も設置に適した場所は有限だからです。加えて、太陽光・風力発電の時々刻々の発電量は気象条件に左右されます。電力の需要と供給は常時バランスさせなければなりません。こういった物理的・工学的な制約条件の下、エネルギー需要を満たしつつ、効率的にCO2排出量を減らす必要があります。実は、この問いで求めるべき変数は数千万~数億個にも達します。頭だけで解くのは至難の業です。

 そこで大槻研究室では、エネルギーシステムをコンピュータ上で定式化した「エネルギーシステムモデル」を開発しています。数理最適化の手法を基に、将来のエネルギーシステム費用が最小となるエネルギー・技術選択を計算するプログラムです。2050年カーボンニュートラルに向けて、世界や日本はこれからどのように歩むのが理想的なのか、いわば「羅針盤」のように我々の進むべき方向を示してくれます[2]。

 世界各国の研究機関がエネルギーシステムモデル開発と将来分析に取り組んでいます。その中で、私たちの研究グループでは、地域的・時間的な解像度を飛躍的に高め、再生可能エネルギーの地域偏在性や時間変動性を詳細に考慮したモデルを開発しています。再生可能エネルギーやグリーン水素など、近年脚光を浴びる技術の評価に関しては世界トップクラスの精緻さを誇っています。例えば、後ほど紹介する世界エネルギーシステムモデルの変数の数は数億個に達します。他の研究機関が開発しているモデルと比較すると、桁が2つほど大きい規模です。モデルを動かす際には、大規模計算機(搭載メモリ2TBなど)を用います。

大槻研の研究テーマ例

 具体的なテーマとして、①世界のエネルギーシステムに関する研究、②日本のエネルギーシステムに関する研究、③エネルギーと重要鉱物資源に関する研究、④再生可能エネルギー資源量評価に関する研究を紹介します。

①世界のエネルギーシステムに関する研究

 他に類を見ない詳細な地域・時間解像度を有する世界エネルギーシステムモデルを用いて、パリ協定に整合するエネルギー需給や脱炭素技術の最適導入量を研究しています[3][4]。図2(a)は世界エネルギーシステムモデルの地域区分と輸送経路の想定です。世界を100~363地域ほどに分割して表現し、エネルギー資源の地域分布や輸送費用を詳細に考慮しています。図2(b)は、水素輸送技術の経済性が大幅に改善したケースにおける最適貿易ルートの分析結果です。日本の場合、豪州などのオセアニア地域からの液化水素タンカー輸入や、ロシアサハリンからのパイプライン輸入などが経済合理的となりうることが示唆されています。いずれも石炭や天然ガス資源が豊富、かつCO2貯留が可能な地域で、それらを活かした「ブルー水素」が取引されています。このように、低炭素・脱炭素社会においてどの技術がどこで使われうるのかを分析できます。

図2 世界エネルギーシステムモデルとその分析例 [3]図2 世界エネルギーシステムモデルとその分析例 [3]

②日本のエネルギーシステムに関する研究

 日本のエネルギー需給構造および300を超える脱炭素技術を精緻に記述したモデルを用いて、2050年カーボンニュートラル実現に向けた道筋を研究しています[5]。本モデルは一般財団法人日本エネルギー経済研究所にも提供され、経済産業省の審議会などに試算結果を提供しています[6]。図3(a)は2050年の日本におけるケース別の発電電力量、(b)は全国平均の電力価格(電力限界費用)、(c)は太陽光・風力発電の設置に必要な土地面積の分析結果です。この分析ではエネルギー技術の利用可能性について6つのケースを試算しましたが、ケースによって最適な発電電力量が大きく変わることが分かります(図3(a))。経済性の観点では、電力を国内の再生可能エネルギー100%で賄うRE100ケースに課題があり、また、太陽光・風力発電の設置に相当程度の土地面積が必要なことが分かります(図3(b)-(c))。このように、モデルを用いると、将来起こりうる姿を定量的に把握することができます。

図3 日本モデルによる試算例 [5]図3 日本モデルによる試算例 [5]

③エネルギーと重要鉱物資源に関する研究

 電気自動車や水電気分解装置など、現在脚光を浴びる脱炭素技術にはリチウムやコバルト、ニッケル、白金などの鉱物が使用されています。世界がカーボンニュートラルを目指した場合、それらの鉱物の需給がひっ迫し、鉱物不足が脱炭素の足かせになる可能性があります。このような背景から、エネルギーと鉱物資源の両者を踏まえたエネルギー・資源戦略の必要性が高まっています。しかし、従来のエネルギーシステムモデルはエネルギー需給のみを分析対象としており、鉱物需給は未考慮でした。そこで私たちの研究グループでは、エネルギーと重要鉱物の両者を統合的に取り扱う新たなモデルの開発に取り組んでいます(図4)。

図4 リチウム供給制約を考慮したエネルギーシステムモデル図4 リチウム供給制約を考慮したエネルギーシステムモデル

④再生可能エネルギー資源評価に関する研究

 気象情報や地理情報を用いて、太陽光や太陽熱、風力などの再生可能エネルギーの利用可能量を推計しています。各国や地域の再生可能エネルギーの特徴(資源量や地域偏在性など)を明らかにすると共に、推計値はエネルギーシステムモデルの入力値として活用しています。

おわりに

「モデルは将来を予測しているのか?」「モデルの結果は的中するのか?」という質問を受けることがよくあります。将来予測を目的とした研究も勿論ありますが、私たちの目的は少し異なります。私たちは、環境性や経済性、安定供給などの観点から望ましいエネルギーシステムを構築していくために研究をしています。つまり、「将来はこうなる」ということを明らかにしたいわけではなく、「こういう将来に進むべきだ」という点を検討するためにモデル分析を行っています。モデルでは様々なケースをシミュレーションします(例えば、原子力活用ケースや、再生可能エネルギー100%ケースなど)。それぞれのケースの長短を定量化し、メリットが大きいケースを実現すべく、また、デメリットが大きいケースは課題を克服すべく政策提言を行っています。将棋の棋士が相手の次の一手を考え、それに対する対応策を練る作業と似ているかもしれません。将来(相手の次の一手)を正確に的中されることを目的としているわけではなく、どのような将来(一手)にも対応できるように備えておくわけです。

 本稿ではカーボンニュートラルの観点から研究を紹介しましたが、私たちのグループではエネルギー安定供給(例えば国際関係がエネルギー貿易に与える影響)の観点からも研究を進めています。研究テーマには尽きませんので、関心をお持ちの方は横浜国立大学大槻研究室までお気軽にご連絡ください。

参考文献

[1] IPCC, 2021: Summary for Policymakers. In: Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S.L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M.I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J.B.R. Matthews, T.K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu, and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, pp. 3−32, doi:10.1017/9781009157896.001.

[2] 藤井 康正, エネルギー環境経済システム, コロナ社, (2018)

[3] 大槻貴司, 小宮山涼一, 藤井康正, 発電・自動車用燃料としての水素の導入可能性:地域細分化型世界エネルギーシステムモデルを用いた分析, 日本エネルギー学会誌, 98(4), pp.62-72, (2019), DOI: 10.3775/jie.98.62

[4] Takashi Otsuki, Ryoichi Komiyama, Yasumasa Fujii, Hiroko Nakamura, Temporally Detailed Modeling and Analysis of Global Net Zero Energy Systems Focusing on Variable Renewable Energy, Energy and Climate Change, Volume 4, 100108, (2023), DOI: 10.1016/j.egycc.2023.100108

[5] 大槻貴司, 尾羽秀晃, 川上恭章,下郡けい, 水野有智, 森本壮一, 松尾雄司, 2050年CO2正味ゼロ排出に向けた日本のエネルギー構成: 自然変動電源の立地制約を考慮した分析, 電気学会論文誌B(電力・エネルギー部門誌), 142(7), pp.334-346, (2022), DOI: 10.1541/ieejpes.142.334

[6] 松尾雄司,大槻貴司,尾羽秀晃,川上恭章,下郡けい,水野有智,森本壮一, 2050年カーボンニュートラルのモデル試算,経済産業省資源エネルギー庁 総合資源エネルギー調査会 第44回基本政策分科会 資料6, (2021)

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