
2022年1月14日
信越・北陸地区
長岡技術科学大学 技術科学イノベーション専攻
准教授 姫野修司
一般家庭から排出される生活排水は下水道管を流れ各下水処理場に集約後に処理されて河川などへ放流されます。下水処理場には、毎日大量かつ安定に下水が流入することで下水道資源が豊富に存在するとされ、「新下水道ビジョン」では、今後の下水処理場の在り方として、水・資源・エネルギーの集約、供給拠点を目標とし、地域の生活環境に貢献することが謳われています。
下水道資源として、近年注目されているのが下水のもつ熱エネルギー(以下、下水熱)です。下水の水温は外気温と比較し、季節変動による温度変化が少なく、夏期は外気温より低く、冬期は外気温以上の水温となります。下水熱利用は、主に都市部の建物に利用する冷暖房や給湯、豪雪地帯の道路融雪が見られますが、周辺に熱需要家の少ない地方都市では、多くが未利用となっていることが課題として挙げられます。そこで、都市部に比べ地方都市では需要のある農業での利活用に注目しました。本研究では、下水処理場で冷熱、温熱を利用して通年で植物栽培に活用する技術の開発を目的に、夏季の冷熱を活用したわさび栽培と冬季の温熱はバジル栽培などの空調制御を実施しました。
本設備は、採熱に用いる熱交換器や冷熱生産を担うヒートポンプを含む下水熱回収設備と、電力供給のためのバイオガス発電機、CO2をバイオガスから回収するためのCO2分離設備、冷熱及び温熱を利用するための植物栽培ハウスがそれぞれ1棟、データ監視を行う制御室から構成されています(図1、図2)。
本設備では下水処理の最終工程である塩素混和池(塩素消毒槽)にコイル式の熱交換器を浸漬させ採熱を行っています。熱交換器内部を流れる循環水による採熱を行った後にヒートポンプを用いて、夏期は7~14 [℃]の冷水、冬期は40~44 [℃]の温水を製造して貯留します。製造した冷水はわさび栽培水の冷却に使用し、温水はバジル栽培ハウス内の空調に利用しています(図3)。
下水を処理する工程で汚泥が発生します。下水処理場では汚泥の減容化を目的に発酵処理(メタン発酵、バイオガス化)を行っている下水処理場も多く存在します。バイオガスは有機性の汚泥(集積した微生物)が分解され発生したガスで主成分は60%を占めるメタンです。バイオガスを燃料に発電を行うバイオガス発電は、再生可能エネルギーとして二酸化炭素の排出の無いエネルギーとなります。本研究ではバイオガス発電によって得られた電力を用いてヒートポンプやその他の施設を稼働させています。さらに、バイオガス発電機の排気ガスには窒素、水蒸気に加え、CO2が体積割合で11~13%程度含まれています。本研究では植物の光合成に必要な二酸化炭素をバイオガス発電機の排気ガスから供給する、促成栽培も検討しています(図4)。
バイオガスには約60%のメタンの他にCO2が約40%含まれています。本設備ではCO2を選択的に透過する膜を用いて、バイオガスから99%のCO2ガスを作って栽培ハウスに供給しています(図5)。
わさびは、山岳の渓流域に生育し、12〜14 [℃]の水温が必要で生育期間は、18~24ヶ月を要する植物です。これまでわさびの人工栽培は地下水による栽培や植物工場での栽培の報告がありますが詳細は分かっていません。本設備ではわさび種「真妻」、「正緑」の2種類を栽培しています。栽培水は、塩素除去した水道水と下水冷熱によるヒートポンプによって製造した冷水をプレート式熱交換器により熱交換して24時間供給しています。わさびへの散水後、栽培水は再び熱交換器へ流入し冷却することで栽培水を捨てない循環栽培としています。また、栽培水にはカルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)のミネラル成分を追肥しています。2種のわさびは栽培水温が生育期間中の水温が一定であること、栽培ハウス内の環境も均一であることから発育不良は無く全株が順調に生育しました(図6)。生育期間の18ヶ月の「正緑」の根茎と呼ばれる可食部を図7に示します。収穫後の丈長は60 [cm]程度で可食部は15 [cm]以上に生育しました。
表1に本設備と従来のわさび栽培方法の特徴を比較しました。本設備におけるわさび栽培は、下水放流水から採熱するための熱交換器、冷温水を製造するヒートポンプ、冷媒を流すための管路や動力ポンプなどの下水熱回収設備やその他の付帯設備からなる設置コストや、設備全体を稼働させる電力などのランニングコストも必要になります。対して、従来のわさび栽培は、湧水を下流側にかけ流す手法なため、栽培水の水温制御や送水動力が不要なことから機械設備がほとんど不要です。従来の栽培(長野県安曇野市)の様子を図8に示します。砂利などで畦を作り、その間を栽培水が流れ、川辺のような場所を再現しています。下流側へかけ流され常に新しい湧水が流入することから水量が非常に多いことに対して本設備は、1株ごとに冷水を散水し、栽培水が循環するため大幅に少ない水量で栽培できる点や栽培水を捨てないことで、追肥が可能なことから十分な生育が期待できる利点を有しています。また、ハウス内で実施することから栽培水の水質や水温が天候の影響を受けにくく、わさびは気温の影響を受けにくいため本技術では栽培地域が限定されません。つまり、冷涼な水温や環境が必要とされているわさび栽培も人工的な環境制御で場所を選ばず実施可能です。
本研究では、下水処理場から得られる下水冷温熱を回収し、植物栽培の環境構築が可能か検証した。夏期の冷熱を活かしたわさび栽培では十分な生育状況が確認されました。このように下水熱は冬季の温熱に加えて夏季の冷熱の活用も可能ため、利用用途を農業へ向けることにより利用範囲が広がります。また、本技術は下水処理場で発生するバイオガスから再生可能エネルギーである電力を用いて冷温熱を高い効率で製造し、バイオガス中のCO2を活用するなど、再生可能エネルギーのみで植物生産が可能であることを示しています。さらに、現在日本が目指している2050年までに実質的なCO2排出を「ゼロ」にするためには、発生したCO2を抑制することに加えて、CO2を利活用しなければ達成できないとされていることに対して、本技術では、発生したCO2を光合成に利用する事でCO2マイナスを実現していることにも注目です。このような下水処理場は全国すべての地域に存在します。本研究が今後の下水熱や下水道資源の有効活用の発展につながり、温暖化抑制や地域の発展に貢献できることを期待しています。
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