2015年12月24日
四国地区
愛媛大学大学院 理工学研究科准教授 倉内慎也
日本では、総CO2排出量の約2割が運輸部門から排出されており、そのうちの約9割が自動車関連によるものとなっています。従って、石油・天然ガス等の再生不可能なエネルギー資源の利用量を減らしたり、地球温暖化や大気汚染等の環境負荷を低減したりするには、自動車から排出されるCO2を継続的に減らしてゆく必要があります。
そのためには、エコカーの開発などの技術革新、渋滞緩和のための道路整備や公共交通サービスの拡充などの交通基盤施設整備、徒歩や自転車でも快適に生活できるような都市のコンパクト化や、それを促進するための郊外化規制等のマネジメント、さらには課税や運賃政策等の経済的政策など、様々な手段を駆使して取り組む必要があります。
ただし、道路や鉄道を新たに整備するには巨額の資金が必要となります。また、特に地方都市では、公共交通のサービス水準が低く、自動車を利用した方が安くて早く目的地に到着できたりすることも多いため、自動車利用を削減したり、公共交通への転換を図ったりすることが非常に困難な状況にあります。
一般に、交通サービスの提供は、道路・鉄道等のインフラや、車両、運転手等にかかる費用の大半が固定になりますので、1人でも多くの人に利用してもらうことが重要です。そのための方法の一つとして、運賃割引などの料金政策が挙げられます。
IT技術の進展により、現在では、高速道路や公共交通を利用する際には、SuicaなどのICカードやETCによる料金収受が一般的になっています。それらは、料金収受に伴う渋滞や運行遅れを緩和したり、毎回小銭を準備する手間を省いたりする効果があります。加えて、ETCやICカードを活用すれば、利用の履歴が記録されますので、携帯電話の料金プランのように、定額制や上限制をはじめとする様々な料金政策を導入することができます。さらには、混雑が予想される場合には料金を高く、空きが見込まれる場合には料金を安くしたりすることもできますので、適切かつ柔軟に料金を設定することで、社会的に望ましい交通状態を達成することができます。
このような交通料金の収受は、高速道路の料金所や駅、バスや電車の車内に限られるかと言うと、必ずしもそうではありません。例えば、ロンドンでは、中心部に自動車のナンバープレートを読み取るカメラが数多く設置されており、一般道路であっても、混雑の激しいエリアに流入する自動車から料金を徴収する混雑課金制度(ロード・プライシング)が導入されています。これにより、渋滞の緩和が期待されるほか、徴収したお金の一部を公共交通サービスの拡充に充てることで、自動車利用からの転換が図られています。
移動は日常生活を営む上で不可欠な行為であると共に、物流に代表されるように経済活動にも欠かすことができません。従って、交通料金政策を実施するにあたっては、人々やモノの動き、ひいては経済活動がどのように変化するか、事前に充分に吟味する必要があります。
その一例として、以下では、環境省の研究助成を受け、東京大学および名古屋大学と共同で実施した料金政策の効果分析の事例(※1)を簡単に紹介します。
この研究プロジェクトでは、東京、名古屋、松山という公共交通のサービス水準が大きく異なる3都市を対象に、様々な料金政策を導入した際の効果を分析しました。具体的には、自動車利用の抑制策として、上記のようなロードプライシングや環境税(ガソリン1リットルあたりに幾らかの税金をかける)などを、また、公共交通の利用促進策としては、単純な運賃割引や上限制等を想定し、それらを単独で実施した場合や、自動車から徴収したお金を公共交通運賃の割引に充てた場合などについて、課金や割引水準を変化させて効果を分析しました。
これらの政策は、実際には導入されていないため、本プロジェクトでは、まず数十人のモニターを募り、社会実験形式で実施しました。モニターの方には、図1のように、GPS機能を搭載した携帯電話を携行して頂き、その行動に応じて政策に対応する課金や割引を行い、それをwebのモニター専用ページで告知すると共に、過不足分に相当する金額を事後的に精算しました。こうして得られた交通行動のデータを用いて、政策を実施した場合の行動変化を予測するモデルを構築し、東京、名古屋、松山に在住する方一人ひとりの行動をコンピュータを用いてシミュレートした結果の例が図2になります。
名古屋では、環境税の導入によりCO2排出量は減少しますが、その多くが自動車から徒歩・自転車への転換によるものであることがわかります。
※1 本研究は、平成22・23年度環境研究総合推進費(課題番号:RF-1012)の支援のもと、名古屋大学の佐藤仁美先生および東京大学の薄井智貴先生(現名古屋大学)と共に実施した研究成果の一部である。
工学系での「環境への取り組み」というと、自然環境を保全したり、環境負荷を低減するような「技術開発」をイメージする人が多いかもしれません。工学部の土木系では、そのような技術開発に加え、より望ましい環境や社会を創出するような「制度」に関する研究も行っています。
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