膜分離技術を活用したエネルギー・環境技術の紹介 |
世界の多くの国々、特にアジアやアフリカの新興国においては、水環境の保全と水資源の涵養が極めて重要となっています。水環境の劣化が多くの子供たちの生命を危機にさらしています。長崎大学大学院工学研究科では、このような地球規模的な問題解決の基盤となる水環境の保全と水資源の持続的な利用のため、水環境の診断・予測、水質浄化・排水処理、海水淡水化などに向けた教育・研究を鋭意行っています。本稿では、それらの中から2つの研究をご紹介します。
21世紀の持続可能な社会実現に向けて、再生可能エネルギーの利用が強く望まれています。現在持続可能エネルギーとして、太陽光、小水力、地熱、バイオマス等が実用化されていますが、次世代型の発電として塩分濃度差発電が世界的に注目され研究されています。塩分濃度差発電は、海水と淡水の塩分濃度の違いにより生じる浸透圧を利用して発電をするものです。海水は、塩分濃度が3.5%程度で浸透圧は3MPa程度あり、これを利用すると数百メートル落差の水力発電と同等の発電能力を有します。川の水や下水などの淡水と海の水を利用するため、人間の活動する都市型の発電となり、実現されると再生エネルギーを身近なところで作ることができ環境破壊も少なくすることができます。
塩分濃度差発電の原理
塩分濃度差発電は、浸透膜を有するモジュールと呼ばれるものを中心にシステムが作られます。ポンプによって浸透圧力の半分(1.5MPa程度)にまで圧力を上昇させた海水が浸透膜モジュールに入ると、低い圧力(0.2MPa程度)の淡水が、浸透膜を介して高い圧力の海水に自然に浸透します。そのようにして増えた高い圧力の海水によってタービンを動かして発電をします。モジュールには、直径が150μmと髪の毛ほどの非常に細く空洞になっている中空糸が数百万本収められています。中空糸のなかに淡水を流し、まわりに塩水を流すことで中空糸表面から浸透が生じます。現在はまだ浸透量が少なく増やすことが求められています。そのためには、ファウリング、濃度分極、偏流といった問題を解決する必要があり、さまざまな方面から研究が進められています。
装置全体図
中空糸拡大写真
長崎大学では、中空糸やモジュール内の浸透流れを実験とコンピュータシミュレーションにより解析して、濃度分極と偏流の問題の解決を図っています。これまでに、モジュール内の流れの様子をコンピュータシミュレーションによって初めて明らかにしました。今後は、さらなる性能の向上をはかって本発電の実現をめざして行きます。
浸透膜モジュール内の塩分濃度シミュレーション
「21世紀は水の時代」といわれています。地球に存在する水の量は約14億km3で、そのうち海水が97.5%を占めます。残りの2.5%が淡水で、そのうち利用可能な水は10万km3と言われています。この量は存在水の約0.01%に過ぎません。2025年には全世界で35億人が水不足に直面するとの予測もあります。このような水危機を解決する技術として、造水、節水、そして再利用が可能な膜分離技術は極めて有効な手段の一つです。
長崎大学では文部科学省「キャンパス・アジア」中核拠点支援日中韓の大学間連携による水環境技術者育成事業として、平成23年4月に新設された工学研究科の博士前期課程(総合工学専攻)に、水環境技術に関する特別コースを設け、そこに中国・韓国からの留学生を主に受け入れるとともに、国内企業との緊密な連携の下で、東アジアの水環境の保全と持続的利用に貢献する実践能力の高い高度専門技術者(高度専門職業人)を育成しようとする取り組みを行っています。カリキュラムは日本人学生にも開かれていて、希望する科目を受講することが可能です。このコースの特徴の一つが、膜分離技術による水処理に関する教育科目です。
膜分離プロセスは、物質が膜を透過する速度の差を利用して混合物から目的とする成分を分離精製する省エネの技術です。物質の大きさと膜の孔の大きさとの関係において選択分離する機能を「ふるい分け」と言います。水処理用の膜分離材料を分離対象物資の大きさから分類すると、ミクロンオーダーから100nm程度の孔が開いていて、バクテリア除去の機能などを有する「精密濾過(MF)膜)」、100nm程度から10nm程度の孔が開いている「限外濾過(UF)膜」、低分子有機物や無機塩類の分離が可能な「ナノ濾過(NF)膜)」、ほとんど水しか透過しない「逆浸透(RO)膜)」があります。逆浸透膜を用いると海水から真水を得ることができます(図1参照)。膜の形状には平膜型と中空糸膜型があります。中空糸膜はストロー状の構造をした膜で、コンパクトで高効率なモジュール化が可能なので広く用いられています(図2参照)。
長崎大学では、水環境浄化に関係する膜分離技術についての基礎から最先端の技術についての講義が行われています。また、演習講義による実践教育にも力を入れています。特に、実践教育の推進の観点から、大学生協の食堂排水を処理できるミニプラントを構内に設置しています。この設備は、活性汚泥による微生物処理プロセスに、固/液分離特性に優れて除菌機能も有する精密濾過膜モジュールをハイブリッドさせた複合技術から成るもので、膜分離活性汚泥法(Membrane bioreactor, MBR)として注目される新規水浄化技術です。この設備の後段には、逆浸透膜を用いた造水プロセスを設けていて、飲用可能なレベルまでの水の浄化が可能なトータルシステムとなっています(図3、図4参照)。この実用レベルの設備を学生に操作運転させ、かつ水質分析を行うことにより、操作条件と膜透過パラメータおよび水質との関係や活性汚泥の処理原理などを理解させるための演習を行っており、膜分離と微生物による水環境浄化の実践教育設備として非常に有用な設備となっています。今後は研究設備としても活用を図って行く計画です。
図4 MBRとROによる
先進水処理ミニプラントの設備
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