私は大学院工学研究科を修了後、電機メーカーで半導体製造装置の研究開発に従事しています。会社の研究開発はその責任の重大さから、つらく厳しい状況に立たされ、判断に思い悩むこともあります。そんな時、偶然、社内報で見た先輩の言葉が「試練を楽しむ」でした。厳しい状況にあっても、それを楽しむぐらいの心の余裕があれば乗り切ることができる、と私はその言葉を解釈しています。
そうは言っても、試練の渦中でも心の余裕を持つ、というのは正直言って困難です。それには「視点を変える」ということが重要と感じています。囲碁から来た諺に「傍目八目(おかめはちもく)」というのがあります。対戦に熱くなっている二人より、外野で見ている人は八手先まで見える、 という意味だそうです。思い悩んだときは、あえて一歩引いて見る、斜めから見る、逆から見る、あるいは全くの他人事だと考えて、 自分だったらどうするか想像してみる、などなど。会社の状況や市場動向、その他の様々な事情によって、研究開発の立ち位置は変わってきます。今の自分の視点からは「試練」としか見えなくても、他部署や別の会社から見ると大きなチャンスかもしれません。もう少し長期的、広範囲な視点で見るとそれは試練にも値しない、些細な出来事に見えてくることもあるでしょう。視点を変えることは 「試練を楽しむ」ための心の余裕を生みだす手段のひとつだと考えています。
しかしながらその「視点を変える」というのも言葉ほど簡単ではありません。私はそんな時にこそ学生時代の経験が役に立つと思っています。私は在学中、有機電子デバイスの研究に取り組んでいましたが、コツコツと日々データを積み上げて結論を導くタイプではなかったように思います。自分の実験を棚に上げ、新しい文献、報告に飛びついてデータを色々と解釈してみたり、他分野の文献や教科書を読み漁って自分ならどうするか、思いを巡らしたりしていたように思います。その当時は自分自身、ずいぶん不真面目だな、と思ったこともありますが、そのような「緩さ」がいま「視点を変える」際の判断力に関わっていることを時々実感します。
社会人になると日々の業務に追われ、視点を変えることが億劫になってきます。学生の皆さんは、今、取り組んでいる研究テーマや専門を極めることがまずは大事ですが、それにとらわれ過ぎず、他の分野に興味を持つことを疎かにはしないでください。例えばまずは隣の研究室のゼミ、他学科の授業、他学部の卒論発表や学会発表などを覗いてみるのはどうでしょうか。実験に行き詰った時は、文系学科の特別講義などを聴講してみるのも良いかもしれません(工学部の記事にこんなことを書くと怒られそうですが)。視点を変えることは物事を途中で投げ出すこととは違います。むしろ試練を楽しみながら乗り越えるための「自信」を確かにするものだと私は考えています。
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