瀬戸内海は宝の海と呼ばれ、世界的に見ても漁業資産の豊かな海でした。しかし、1960年代から進んだ人口過密、工場の増加などにより内湾には多量の生活排水・工場排水が流れ込み、夏期における海中の酸素不足や水質・底質汚濁が進行しました。海中の酸素(溶存酸素)は、生物の呼吸、微生物による好気的環境下での有機物の分解、還元性化学物質の酸化等によって消費されます。これらの消費過程において酸素消費量が海中への酸素供給量を上回ってしまうと海中(特に海底付近)で貧酸素化(酸素が無い状態)が進行し、貧酸素水塊の形成(嫌気的環境)に伴い硫化水素が発生する場合もあります。硫酸塩還元菌は嫌気的環境下で有機物を分解し、そこで生じた電子を用いて硫酸塩を還元する微生物の総称で、この菌は硫酸塩を硫化物イオンにまで還元し、下式のように硫化水素を発生させたり、金属イオンと反応して硫化物を生成したりします。また、硫酸塩還元菌は嫌気的環境に広く分布しており、硫酸塩還元菌が生育している嫌気的環境下では、硫化水素による悪臭や有害な金属硫化物の発生を促進します。
有機物 + SO42- + 2H+ → nCO2 + mH2O + H2S
さらに瀬戸内海では、護岸や埋め立て等の沿岸域の開発により生物生産の基盤となる干潟・藻場が減少し、約50年の間に藻場。干潟の面積が約70%も消失しました。例えば、香川県における漁獲量は1980年代をピークに減少傾向を示し、2000年以降は、ピーク時の半数以下の水準となっているのが現状で、水産資源生産力向上のための施策が強く求められています。その施策の中心をなすのが人工魚礁で、それらを海底に設置した後、人工魚礁周辺には様々な流れが形成されます。そこで重要になってくるのが、人工魚礁設置によって発生する大小の渦です。これらの渦が水平方向、鉛直方向に形成されることによって海水の混合を促進し、貧酸素化した海底に酸素を供給する役割を果たします。
渦を発生させることが海域環境改善に重要であるといっても、複雑な機械装置などを使用して人工的に渦を発生させる方法だと、経費的に高価なものとなり、経済的だとは言い難いものです。そこで、本実験では、複雑な機械装置を使用することなく、自然のエネルギーである潮の流れを制御する機能を持った構造物形状を考案しました(図1参照)。この人工魚礁は、どの方向から潮の流れが当たっても中央に配置したクロスパネルによって、大小の渦を発生させて魚礁高さの約20倍後方まで広げることが可能です。このような人工魚礁模型を図2に示すような水路内に設置して、実際に模型周辺、内部でどのような流れの制御がなされているのか、また、大小の渦の発生状況を染料や油膜を使って可視化しました。さらに、本物の人工魚礁を海底に設置した場合の藻場の形成状況や環境改善効果について紹介します。
図3(染料投入法)、図4(油膜法)に水理実験による人工魚礁周りの流れの状況を示します。使用した染料はウォーターブルーと呼ばれる水と同程度の比重を持つもので、人工魚礁の形状によって発生した渦が後方まで広がっていることが分かります。油膜法では、白い油膜が残っている部分が渦の存在を示しています。模型後方に形成された三角形の頂点までの距離は、魚礁高さの約20倍の長さになっていますので、この範囲まで渦が発生していることが分かります。このように、これまで不明な部分が多かった水中に物体が置かれた場合の影響範囲について、定量的な評価が可能となりました。
水理実験で人工魚礁周りの渦の発生状況は把握できましたが、実際に海の中では環境改善機能を発揮しているのかを確かめるために、実機構造物(図5:幅×長さ×高さ:5.6m×5.6m×2.0m)を沈設して各種機能を検証しました。
図6は魚礁上に繁茂した海藻(ガラモ)の様子、図7、8は魚礁周辺に蝟集した魚類の群です。図9、10に人工魚礁設置に伴う溶存酸素の分布と底質の改善効果を示します。人工魚礁設置区は、対象区に比べて海底での溶存酸素濃度が高く、それに伴って底質のCODも改善されていることが検証されました。
掲載大学 学部 |
香川大学 創造工学部 | 香川大学 創造工学部のページへ>> |
私たちが考える未来/地球を救う科学技術の定義 | 現在、環境問題や枯渇資源問題など、さまざまな問題に直面しています。 これまでもわたしたちの生活を身近に支えてきた”工学” が、これから直面する問題を解決するために重要な役割を担っていると考えます。 |