
2025年7月11日
信越・北陸地区
水圏土壌環境研究室
(山口 隆司 教授/幡本 将史 准教授/渡利 高大 准教授)
地球規模で水環境問題が深刻化する中、私たち水圏土壌環境研究室では、微生物の力を最大限に活用した革新的な水処理技術の開発に取り組んでいます。近年、人口増加や都市化、産業活動の活発化によって、下水や産業廃水による水質汚濁が世界中で深刻な課題となっています。特に開発途上国では、適切なインフラ整備が進まず、安全な水へのアクセスが十分に確保されていない地域が多く存在します。また、先進国においても施設の老朽化や運用コストの増大といった課題に直面しており、より持続可能な水処理技術が求められています。当研究室では、これらの課題に対して、従来の枠にとらわれないアプローチを展開しています。例えば、微生物による有機物や窒素化合物の除去能力を最大限に引き出すリアクター設計、スポンジ担体を活用した高密度微生物保持技術、酸素供給を必要としない嫌気性プロセスの応用など、エネルギー消費を抑えながらも高い浄化性能を実現するシステムの構築に成功しています。さらに、水処理の分野にとどまらず、養殖・農業・防災など多分野との融合を図ることで、水資源を起点とした新しい社会モデルの提案にも挑戦しています。分子レベルでの微生物の機能解明から始まり、パイロットスケールでの実証実験、そして現地社会への導入といった一連のプロセスを一貫して行うことにより、基礎研究と社会実装の両輪を回しながら、地域と世界の水環境改善に貢献しています。
中心的な研究のひとつが、スポンジ担体を用いた「Down-flow Hanging Sponge(DHS)法」です。DHS法は、生物膜法の一種であり、多孔質スポンジに微生物を固定し、上部から下部へと重力によって汚水を通過させる構造を持ちます。この構造により、従来の標準活性汚泥法と比較して極めて高い微生物保持能力を発揮し、安定した有機物除去性能と窒素除去性能を示します。また、外部からの曝気エネルギーがほとんど不要であり、重力流のみで処理が可能なため、運転コストの大幅な削減とエネルギー消費の抑制が可能です。本技術は、JICA(国際協力機構)などの協力を通じて、インド、タイ、マレーシア、エジプトといったアジア・アフリカ諸国において実証試験が行われており、実環境下においても高い処理性能と維持管理の簡便性が実証されています。特に、下水道インフラが未整備である地域や、限られた予算での下水処理が求められる地域において、DHS法は低コストで導入可能な有望技術として期待されています。さらに、DHS法の大きな利点のひとつとして、装置の構造が単純であり、簡単に手に入れられる素材(例:プラスチック製スポンジ、簡易な鉄骨フレームなど)を活用できる点が挙げられます。これにより、導入国の経済活動や雇用創出にも貢献できる持続可能なインフラ技術として評価されています。また、DHS法は排水だけでなく、畜産排水や食品工場排水などさまざまな種類の有機性排水にも適用可能であり、応用範囲が広がっています。今後は、さらなる技術改良により、微量汚染物質の除去や栄養塩の高度処理への対応、他技術(例:人工湿地や嫌気性処理技術)との統合利用も検討されており、環境技術としての発展が期待されます。加えて、国際連携による普及促進や、持続可能な開発目標(SDGs)との整合性も視野に入れた研究開発が進められています
私たちは、天然ゴム工場や染色工場などから発生する高濃度かつ難分解性の産業廃水の処理にも積極的に取り組んでいます。これらの廃水は、高濃度の有機物、アンモニア性窒素、着色物質、さらには表面活性剤やフェノール類など、生物分解性の低い成分を多く含んでおり、従来の活性汚泥法や単純な物理化学的処理では十分な浄化が困難です。こうした難処理性廃水に対しては、特定の微生物群の活性化や、微生物間の電子伝達を促進する先進的な生物処理技術の導入が不可欠です。私たちは、微生物の代謝経路を最大限に引き出すための運転条件の最適化や、導電性材料(例:磁性ナノ粒子や活性炭)を用いた電気化学的アプローチにも取り組んでいます。これにより、微生物群の安定性や電子移動の効率を高め、難分解性有機物の分解や窒素除去の高度化を図っています。特に、東南アジア地域で重要な輸出産業である天然ゴム加工に伴う廃水には、高濃度のアンモニアや揮発性脂肪酸が含まれており、未処理のまま排出されると周辺の水環境への悪影響のみならず、大気中への温室効果ガス(特に一酸化二窒素:N₂O)の排出源ともなり得ます。そのため、私たちは廃水処理プロセスにおける温室効果ガス排出の実態解明や、発生抑制のための反応制御技術の開発にも注力しています。さらに、現場への実装を見据えたパイロットスケールの実証実験では、既存インフラとの親和性や地域の運用能力を考慮した処理技術の開発を進めています。例えば、エネルギー回収型の嫌気性処理と好気性処理のハイブリッド化や、太陽光を活用した低電力運転の導入など、気候変動対策と地域の持続可能性を両立させる工夫を行っています。
近年、私たちの研究は従来の水処理技術の枠を超えて、食料・水・エネルギーの循環を実現する持続可能な生産システムへの応用へと展開しています。その一例が、水処理技術と陸上養殖技術の融合による閉鎖循環型水産養殖システムの構築です。具体的には、Down-flow Hanging Sponge(DHS)法とUpflow Sludge Blanket(USB)リアクターを組み合わせた高度水処理システムを、ハタ科魚類(クエ)の陸上閉鎖循環型養殖に応用することに成功しました。このシステムでは、魚の飼育水を再利用することで水資源の消費を大幅に削減しながら、有機物やアンモニア性窒素の安定的な除去を実現しています。DHS法の優れた微生物保持能力と、USBリアクターによる高効率な嫌気性処理が連携することで、水質維持と省エネルギー運転を両立する持続可能な養殖環境が確立されています。さらに、魚の排せつ物に含まれる窒素やリンといった栄養塩類を、野菜の肥料として再利用する「アクアポニックス(Aquaponics)」システムの開発にも取り組んでいます。アクアポニックスは、養殖と植物栽培を統合した循環型農業の一形態であり、水耕栽培と養殖の相互補完により、農薬や外部肥料の使用を最小限に抑えつつ、高効率な食料生産が可能です。私たちの研究では、栄養塩の安定供給と作物の生育効率を両立するための微生物群の最適化や、病原菌の抑制に関する研究も進行中です。特に注目されるのは、こうした技術の開発途上国への適用可能性です。私たちは、電力供給が不安定な地域でも稼働可能な低電力型アクアポニックスシステムの開発を進めており、アフリカ諸国をはじめとした水資源と食料資源の両方が不足する地域における持続可能な生活基盤の構築を目指しています。例えば、太陽光発電や重力流による水循環機構を活用し、現地資材を用いた簡易なシステム設計を通じて、地元コミュニティによる自立的な運用が可能なモデル構築に取り組んでいます。
近年多発する災害に対応すべく、電力供給が断たれた環境でも機能する自立型水処理システムの開発も進めています。DHSリアクターと重力式ろ過を組み合わせ、雨水や排水を効率よく浄化する装置を大学構内で実証中です。この技術は、日本三大花火である長岡大花火大会の会場でも使用されております。今後はさらに小型化・可搬化を進め、避難所などでの活用も視野に入れています。
本学は、学内共同教育研究施設として、「リージョナル GX イノベーション共創センター」を令和7年度に設置しました。本センターは、GX(グリーントランスフォーメーション)の推進を目的とし、国内外の地域特有の資源を活用したサーキュラーエコノミー(CE)やエネルギーの創生・循環に関する基盤技術の研究開発・実証を通じて、社会課題の解決を図ります。私たちの研究室は、このリージョナル GX イノベーション共創センター内にアクアポニックス実証設備を整備し、本学が得意とする小コスト型超高効率水処理装置を用いた実証試験を実施する予定です。これまで、ラボスケールで培った技術を応用し、新潟地域のバイオマスを用いた資源循環サイクルを回していく予定です。
水環境をめぐる課題は複雑で、地域性や社会的背景も大きく関わります。私たち水圏土壌環境研究室では、微生物の働きを軸としながら、工学・生物学・社会実装の各視点からアプローチを重ね、実用的かつ持続可能な解決策を探求しています。地域から世界へ、水の未来を支えるため、これからも挑戦を続けていきます。
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