2018年9月21日
関東地区
筑波技術大学 産業技術学部
住環境という言葉は“住まい”そのものだけを指しているわけではありません。我々の暮らしの質を左右する、地域全体の環境をさしています。とりわけ現代は、高齢社会の進展や世帯規模の縮小、共働きの増加により、家族の中だけで介護や子育て等が立ち行かなくなるケースが増えています。そのため“住まい”を含む地域全体の質、とりわけ住まいというハードと、福祉サービスというソフトの連携が求められています。
例えば身近な生活圏内で、介護や保育のサービスを十分に受けられるよう、国や民間によって各種のサービスが地域内に拡充されつつあります。しかし、日常のちょっとした助け合いや、高齢者や赤ちゃん連れの親子等誰でも気軽に訪れることができる楽しみの場については、地域に十分にあるとはいえません。
そこで、このような助け合いと楽しみ提供の場づくりを目指して、各地で住民等による自主的な居場所づくりが行われています。以下ではその1つである、千葉県柏市郊外の「ケアラーズ&オレンジカフェ みちくさ亭」における、大学と地域連携の取り組みについてご紹介します。
昨今急増する空き家は、人口が集中する都心部では再び“住まい”として活用できる可能性が高いですが、人口の縮退が進む郊外部や地方では期待できません。特に賃貸用ではない個人所有の空き家は持ち主の思い入れが強く、遺物も多いため、売却には至りにくいのです。
そこで、地域の居場所として活用することが1選択肢として注目されています。手放すくことなく、地域のために活用してもらい、空き家の管理もしてもらうというものです。
みちくさ亭も、運営するNPO代表が所有する空き家であり、かつてはここで実母が生活していた思い入れの深い住まいです。
ここで重要なのは、居場所を地域の人に認めてもらい、受けて入れてもらうということです。戦後に大量開発された郊外の住宅地は、一般に、家族のプライバシーが最重視された、近隣に対しては閉鎖的住環境です。そのため、隣近所に不特定多数が訪れる場が突然出現することに対して、不安や抵抗感を感じる住民も多いのです。 またみちくさ亭は、現代の社会問題の1つであるケアラーズ(家族等、無償で介護を担う人)の居場所づくりとサポートを第一目的としていますが、その達成のためには、まずは地域にいるケアラーに活動を知ってもらうこと、またその他の住民の方に介護への理解を深めてもらい、1サポーターとなってもらうことが必要です。
そのため、地域住民への活動内容の説明はもちろんのこと、通りから活動の様子がわかるよう、物理的にも“開く”ことが求められます。そこでみちくさ亭でも、通りに対して開くための建物改修プロジェクトを立ち上げました(図1)。
実際の改修内容の検討や、素人でも可能な改修部分については、住民にも積極的に声をかけ、参加してもらっています(写真1、2)。空間というハードと、それを改修するプロセスの双方を地域に開かれた方式で進めることで、地域への浸透をはかるのです。
改修計画の検討では、建築工学の知識が必須です。例えば、玄関周りを広くしたいが、柱を撤去しても大丈夫かどうか。建築構法の知識や、地震や風力などの水平力に対抗する耐力壁のバランスも加味しながら、限られた予算の中での最適解を検討していきます。
また、誰でも気軽に訪れてもらうために、何をどう改修したら良いか。実際に高齢者や身体障害のある方をお招きし、福祉用具の専門家の意見も聞きながら、改修計画の詳細を検討していきました。
改修を皆で検討する際に極めて重要なのが、どこまで空間のイメージを共有できるかということです。例えば、「この柱を撤去すると、壁は3尺セットバックできるね」というような建築専門家から発せられた言葉から、その具体的イメージを参加者全員が共有することは困難です。
そこで活躍したのが、本学の学生らが製作した1/20の特大模型です。模型があると、具体的な改修前後の様子の違いが一瞬で共有できますし、「こうするのはどう?」等の別のアイデアも出易くなります(写真3)。
開放的な作りにすることで、通りを行き交う人々が得られる視覚情報が増え、みちくさ亭に対する地域の理解も深まると考えられます。また、賑やかな内部の雰囲気が通りに滲み出し、地域に活気がでることも期待できます。
ただし、シャッターや監視カメラの設置等、要塞化することで防犯性を高めることが一般化している現代の社会において、開放性への改修には不安を抱く声も少なくありません。開口部の増加は、空き巣等防犯性の低下につながると思われるためです。
しかしながら、かつての地域社会は、住まいを開放的に作ることで、防犯性を維持してきました。通りに対する自然監視の目を確保するとともに、住まいから眺めることができる外部空間を、自らの縄張りとして植物を置く等して美しく管理してきたのであり、このことが防犯性の高さにも繋がっていたことが多くの研究で証明されています。
通りに対して開放的な住環境を作ることは、視覚によって得られる情報が増えるという点において、本学学生をはじめとした聴覚障害者にとっても重要なテーマであると考えています。このことを念頭に、今後も学生と協力して、本プロジェクトを進めていきます。
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