2016年12月21日
関東地区
筑波技術大学 産業技術学部産業情報学科システム工学専攻
筑波技術大学産業技術学部は、聴覚に障害のある学生が学ぶ学部です。校舎棟の片廊下(写真1~2)の開口部は、床から天井の高さまで透明単板ガラスのサッシで構成されており、耳から情報を得にくい学生が広く外を見通せて視覚的に外の状況を把握できるように配慮されています。(図1~3)そのため、学生はこうした視覚的情報によって安心感が得られるだけでなく外部通路にいる人と手話でコミュニケーションをとることも可能であり、非常時の判断も容易になると考えられます。
しかし、廊下が透明ガラス1枚で広い面積を外部と接している状態は、熱環境からみると空調がないこともあって夏暑く、冬寒い空間になってしまいますし、廊下に隣接する部屋へも熱的な影響を及ぼしていると考えられます。もちろん外部通路上部に設けられた雨よけのガラス屋根によって夏の日射が減衰することや、外部通路等が片廊下ガラス面に落とす影によって廊下内への夏の日射侵入が緩和される一面もありますが、視環境だけでなく熱環境なども含めて総合的に片廊下の室内環境を考えてみる必要があります。
ここでは本学の片廊下のように聴覚障害者に配慮して計画された空間を「デフ・スペース」と呼ぶことにし、上記の観点から学生の卒業研究として行った「聴覚障害者に配慮した共用片廊下の温熱環境」の概要について紹介します。
各階片廊下の日平均気温の推移を図4に示します。片廊下の気温は1階を除いて外気温度よりも高く、上階ほど高い傾向にあることがわかります。また、実測期間における最上階(6階)の日平均気温はほとんど30℃を越えており、日中の瞬時値のピークは36℃でした。これに対して1階の廊下の西側はドライエリア的な空間になっていてほとんど日が差し込まないため(図3)、日平均で30°以上となる日はありませんでした。6階の気温が高い理由のひとつに外部通路等の日影がほとんどかからないこと挙げられます。また、各階片廊下の開口部は安全上の問題から開放できる面積がごく限られますが(夜間は閉鎖)、6階と5階は暑さの問題から開放可能面積が他階よりも相対的に大きく確保されており、日中特に6階は開放頻度が高くなっていました。なお、この開放は開口部に近い研究室の教員の判断で行われています。図5は各階片廊下の気温と外気温度及び日射量との関係ですが、片廊下の気温は外気温度が高い日程、また日射量の多い日程高くなる傾向にあることが確認できました。
図6は各階片廊下の日平均気温の推移です。3~6階はほぼ同様の温度で推移しており、2階と1階が若干低めとなっています。冬季の西面は太陽高度や日照時間の関係で夏季よりも取得日射量が少なく、1階は夏と同様にほとんど日が差し込まないこと、2階は玄関ドアの開閉頻度が最も多いことなどが影響していると考えられます。図7は各階片廊下気温と外気温度及び日射量との関係を示したものです。日平均でみるとこの期間の各階片廊下気温は10~17℃の範囲にあり、外気よりも片廊下の方が3~10℃程度高く、冬季の片廊下の気温は6階を除き日射量よりも外気温度の影響が卓越していることがわかります。
ブラインド等の視界を遮るような手段を使わずに、外部の見通しを保持する前提でガラス仕様(現状は透明単板ガラス)だけを変更した場合の片廊下の温熱環境と隣接研究室へ及ぼす熱的影響を数値解析によって検討を行いました。パラメータとしたガラス仕様は表1に示す5通りとし、計算にはSim/Heatを用いました。ケース1がこの建物の現状の仕様です。
各ケースの4階片廊下の気温変動を比較して図8に示します。冬季はケース1、2に比べて熱貫流率が小さいケース3~5の気温が高く保持される結果となりました。夏季はケース1よりも断熱・遮熱フィルムを貼ったケース2の方が気温は低めになっており、ケース2は夏季の効果を重視する場合には有効と考えられます。また、冬季と同様にケース1よりも熱貫流率の小さなケース3~5では夏季の気温が高めになりますが、日中の時間帯のケース1との温度差は夜間に比べて小さくなる傾向にあります。
各ケースの4階片廊下に隣接する研究室の年間暖冷房負荷を比較して図9に示します。片廊下のガラスの熱貫流率が小さいケースほど年間暖冷房負荷は小さく、ケース5はケース1に対して7%減少しています。しかし、ケース3~5ではケース1に比べて暖冷房トータルでは減少しているものの、冷房負荷は増加する傾向となっています。 次に夏季の日中(9時~18 時)に片廊下で5回/hの自然換気がなされたと仮定した場合の片廊下気温変動、研究室年間暖冷房負荷を図10、11に示します。自然換気によって片廊下の気温がやや低下すると共に、ケース1と他ケースとの気温差が縮小し、ケース5の年間暖冷房負荷は図11のケース1に対して10%の減少となっていることがわかります。日中だけでなく夜間の自然換気が施設管理上可能であれば、さらに改善が図れると考えられます。
デフ・スペース(聴覚障害者に配慮した片廊下)の室内環境について、ここでは学生の卒業研究で行った温熱環境検討の概要を紹介しました。
視環境の観点からは片廊下の透明ガラスの面積を大きくして広く視線を通すようにしたいが、温熱環境からはガラス面積を小さくして暑さ寒さの原因となる熱を通したくないという、相反する要求があります。片廊下のガラス面積はどこまでの大きさなら視覚的に許容できるのか、それは廊下内からの評価のほかに外部(通路)から見たガラス面積の大きさや廊下内の見え方の問題もありますし、そのときの温熱環境や隣接室への熱的影響がどのようになるかも含めてこうしたデフ・スペースの室内環境のあり方をさらに検討してみる必要があると考えています。
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