北 直泰 教授
今や人生のゴールラインは棺桶に入る頃にまで遠ざかってしまいました。そして、若者は、生きている限り、将来に不安を抱き続けています。私が高校生だった35年前、優良企業に就職することが人生のゴールでした。あとは終身雇用・年功序列のレールに乗り続けて悠々自適の生活を送ることができると言われていたほどです。終身雇用・年功序列…今では神話となった旧・日本型の雇用システムです。現在、世界に名を轟かしている企業であっても決して安住の地ではなくなり、ベンチャー企業を立ち上げても社会・経済の荒波を生き残れるものはごく一部。この世知辛い世の中で、人々の不安を和らげる術は何か?私は「その答えは、人々の需要を見抜く目とその需要に応えられる技能かな」と思っています。
私の専門は数学(特に微分積分を利用して方程式を解く分野)です。工学部の中にある数学の専門コースは世界的に見て珍しいです。理屈に加えて“作り・創り・造り”を重視される工学部で、数学がものづくりにどこまで貢献できるのか?…数理工学教育プログラムに所属している研究者と学生は、この問いに画期的な答えを見出そうと日々、研究と勉強に励んでいます。
数学でものづくりを成し遂げる研究で、私の研究室に所属していた大学院生が面白い成果を残しました。「10円で顕微鏡を作る方法」と書けば、皆さん興味を持ってくれるでしょうか。ご存じのとおり、顕微鏡は高価な光学機器です。しかし、その仕組みの大事なところだけを抜き出せば、少額で顕微鏡を作ることができます。レンズは5円玉の穴に垂らした水滴で代用しました。このレンズにたどり着くまでに、ペットボトルを切ってみたり、透明袋に水を入れてみたり、挙句の果てには、町はずれのサイダー工場まで出向いてビンの中にあるビー玉を取り出そうとしたりと、数学の学生なのに靴底をすり減らすような試練を味わいました。10円顕微鏡で明瞭な拡大像を得るために、物体と対物レンズ、接眼レンズの位置関係が肝になります(素人は蔑ろにしやすいところです)。その理論をすっきり理解するときに微分積分で登場する「ロピタルの定理」が役立ちました。光学機器に限らず、工業製品を安価に製作する技術やシステムを若者に伝授して、皆さんの人生から不安を取り除きたいものです。
10円顕微鏡(ピクセルが見える)
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