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おもしろ科学実験室(工学のふしぎな世界)

生き物を対象とした計測と温度による行動変化
-生物行動(コオロギの鳴き声)の活性化エネルギーを測る-

2023年4月7日
九州工業大学 情報工学部
生命化学情報工学科

はじめに

 生物が行動するとき、生体内で酵素による化学反応が起こっています。化学反応は、「活性化状態」というエネルギーの高い中間状態を経て起こります(図1)。「活性化状態」をつくるのに必要なエネルギーを「活性化エネルギー」といいます。酵素は「活性化エネルギー」を低下させることで化学反応の速度を上げています。生き物の行動も化学反応で起こっているので、その行動が起こるための「活性化エネルギー」が観測できるはずです。実際の生き物の行動から、活性化エネルギーを測ってみます。まず、コオロギの鳴き声の頻度が温度に依って変化するのを観察します。その結果を解析して、コオロギの鳴き声の頻度の活性化エネルギーを計算してみます。この実験を通して、化学反応と行動の結びつきを考えてみましょう。

図1.活性化エネルギーと酵素の働き図1.活性化エネルギーと酵素の働き

温度による反応の変化と活性化エネルギー

 化学反応の速度は温度に依って変化します(図2)。生体内のほとんどの化学反応は、酵素によって触媒されるので、酵素タンパク質が熱変性する高温では反応が起きなくなります。ここでは、熱変性が起こらない温度で、反応速度の温度による変化を測定して、活性化エネルギーを求めます。温度と速度の関係は、アレニウスプロット(図3)という方法で解析します。

図2.反応速度の温度による変化図2.反応速度の温度による変化
図3.活性化エネルギーの求め方(アレニウスプロット)図3.活性化エネルギーの求め方
(アレニウスプロット)

 1889年、スウェーデンの化学者アレニウスは、温度と化学反応速度の関係についてアレニウスの式を提案しました。アレニウスの式では、速度定数kと絶対温度Tの関係は、

(R(8.31 [J/(K·mol)]):気体定数、Ea:活性化エネルギー、A:頻度因子)
となります。絶対温度Tは、摂氏温度(℃)に273を足したもので、単位はK(ケルビン)です。ここで、両辺の常用対数をとると、

 となります。つまり、温度の逆数(1/T)を横軸にして、速度定数の常用対数(logk)を縦軸に取ると、直線の関係になり、傾き−Ea/2.3Rから、Eaが求められます。

準備するもの

  • コオロギ(ペットショップで爬虫類の餌として売っています。)
  • 温度計
  • 発泡スチロール容器
  • プラスチック容器
  • 保冷剤
  • 使い捨てカイロ
  • 数取器
  • ストップウォッチ
  • 関数電卓(スマホ)

実験と測定

 小型の発泡スチロール容器に、①何も入れないもの(室温)、②凍らした保冷剤を入れたもの(多めと少なめ)、③使い捨てカイロを入れたもの(多めと少なめ)を用意し、同じ数のコオロギ(数匹)を入れた小さなプラスチック容器を置いて、温度が一定になるまで10分ほど待ちます。それぞれの発泡スチロール容器内の温度も温度計で測定しておきます。その後、温度の異なる環境のコオロギの鳴き声の頻度を、数取器などを用いてカウントします。1分間の回数を測定しますが、20秒、15秒を測定して、それぞれ3倍、4倍してもよいです。個体差が大きいので、気長に何回も測定します。録音して後で鳴き声を数えてもよいでしょう。

図4.コオロギの鳴く頻度の測り方図4.コオロギの鳴く頻度の測り方

解析

 データが集まったら、温度と鳴く頻度の関係をグラフにします(図5)。次に、1/絶対温度とlogF1は電卓やスマホで計算し、温度の逆数を横軸に、鳴く頻度の常用対数を縦軸にしてアレニウスプロットをします(図6)。表1のように集計すると便利です。

表1.コオロギの鳴く頻度の温度依存性とアレニウスプロット

 アレニウスプロットの結果から、活性化エネルギーを求めてみます。プロットした点に合うように直線を描いてみてください。アレニウスプロットの直線の傾きをグラフから読み取ります。傾きから「活性化エネルギー」を計算します。(厳密には最小二乗法を用いて直線の方程式を求めます。)

活性化エネルギーの計算
図5.鳴く頻度の温度依存性図5.鳴く頻度の温度依存性
図6.アレニウスプロット図6.アレニウスプロット

考えてみよう

  1. 活性化エネルギーは適切に求まっているだろうか?
    実験の問題点は何だろう。鳴き声は正確に数えられたか? 温度は、発泡スチロールの中で均一だったか? コオロギに弱っている個体がいたり、雄雌の数が偏っていたりしなかったか?(雌は鳴かない。)なかなかうまくいかないかもしれませんが、鳴き声の数え方を自分なりに工夫しましょう。
  2. コオロギの鳴く頻度のアレニウスプロットは何を示しているか,考えてみよう。
    文献[1]では、コオロギの鳴き声の頻度のアレニウスプロットが282 K(9 °C)から297 K(24 °C)の間で直線になり、活性化エネルギーは50.2 [kJ/mol]と報告されています。生物の行動が、アレニウスプロットで直線になることからどのようなことが考えられるでしょうか? 言い方を換えれば、コオロギが鳴くときの活性化エネルギーと活性化状態とは、なにを表しているのでしょうか?
    1. Edes, R. T., The American Naturalist, 33, 935 (1899)
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