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おもしろ科学実験室(工学のふしぎな世界)

鈴木-宮浦クロスカップリング反応で蛍光分子を作ってみよう
~2010年ノーベル化学賞より~

2021年12月10日
長崎大学 大学院工学研究科
准教授 小野寺 玄

はじめに

 有機化合物は、その骨格が主に炭素でできた分子の総称です。そのため、様々な有機化合物や無機化合物を原料として別の有機化合物を作り出す「有機合成化学」においては、炭素-炭素結合を形成することがとても重要です。これまでに様々な炭素-炭素結合形成法が開発されてきましたが、ここではその中からクロスカップリング反応を取り上げてみようと思います。パラジウムやニッケルなどの遷移金属錯体を触媒として用いるクロスカップリング反応の開発によって、とても効率よく炭素-炭素結合を形成することが可能となりました。特に鈴木-宮浦クロスカップリング反応は操作も単純で、有機合成を専門とする研究者や技術者だけではなく、誰でも簡単に2つの異なる有機化合物を結合させて新たな有機化合物を合成することを可能にしました。この業績によって鈴木章先生には、根岸英一先生、リチャード・ヘック先生とともに2010年にノーベル化学賞が授与されました。

 さて、この鈴木-宮浦クロスカップリング反応を体験するための実験キットが、富士フィルム和光純薬株式会社から販売されていますので、このキットを使用してクロスカップリング反応を体験してみましょう。合成される有機化合物は紫外線によって蛍光を発する性質がありますので、ぜひブラックライトを用意して蛍光を観察してみてください。

原理

今回取り上げる実験キットを用いる鈴木-宮浦クロスカップリング反応では、ブロモチオフェン誘導体①とボロン酸エステル②、またはボロン酸③とを反応させて、蛍光分子であるアリールチオフェン誘導体を合成する(図1)。出発物質となる試薬①~③のそれぞれの分子のハサミで示されている結合(C–Br結合とB–C結合)が切断され、生成物(蛍光分子1, 2)の指でさされているC–C結合が新しく形成される。この結合の切断と形成を担っているのが触媒として働く酢酸パラジウムである。

図1 本稿で実験するクロスカップリング反応の反応式した。)図1 本稿で実験するクロスカップリング反応の反応式

用意するもの

試薬類

  • 鈴木-宮浦クロスカップリング反応体験キット2(富士フィルム和光純薬株式会社製、写真1)
    <キット構成>
    (合成できる蛍光分子2種、1回の反応を10 mLとしてそれぞれ20回分ずつ、計40回分)
    1. 2-アセチル-5-ブロモチオフェン:820 mg
    2. 4-(N,N-ジメチルアミノ)フェニルボロン酸ピナコールエステル:500 mg
    3. p-メトキシフェニルボロン酸:300 mg
    4. 炭酸ナトリウム:200 mg
    5. 酢酸パラジウム:8 mg
  • キット以外に用意する試薬
    アセトン:310 mL
    ヘキサン:約300 mL程度
    水:100 mL

水以外の試薬は化学薬品を取り扱っている販売店からの購入になります。学校の理科・化学の先生に必ず相談してください。

写真1 富士フィルム和光純薬株式会社製 鈴木-宮浦クロスカップリング反応体験キット2写真1 富士フィルム和光純薬株式会社製 鈴木-宮浦クロスカップリング反応体験キット2

器具類

  • 三角フラスコ(300 mL:1個、200 mL:1個、100 mL:2個、30 mL:1個)
  • スクリュー管(30 mL程度のもの:40個)
  • 駒込ピペット(5 mL:5本以上(A液~D液およびヘキサン用)、人数に応じて増やす)
  • パスツールピペット(1本(E液用)、人数に応じて増やす)
  • ピペット置き(ピペットの数に応じて)
  • メスシリンダー(100 mL~200 mL程度のもの:2個(アセトン用と水用)、10 mL:1個)
  • ブラックライト(波長:365 nm、人数に応じて用意)
  • 保護メガネ(人数分)
  • ディスポグローブ(人数分)
  • 廃液タンク(重金属含有有機廃液、可燃性有機廃液)

実験後の溶液は「重金属含有有機廃液」および「可燃性有機廃液」となります。流し等に捨ててはいけません。必ず学校の先生の指示に従って適切に廃棄してください。

実験方法

溶液の準備

キットを構成している試薬①~⑤をそれぞれ指定した溶媒に溶解させ、A~Eの溶液を準備します。

  • A液:① 2-アセチル-5-ブロモチオフェン820 mgを300 mLの三角フラスコに入れ、アセトン200 mLに溶解させます。
  • B液:② 4-(N,N-ジメチルアミノ)フェニルボロン酸ピナコールエステル500 mgを100 mLの三角フラスコに入れ、アセトン50 mLに溶解させます。
  • C液:③ p-メトキシフェニルボロン酸300 mgを100 mLの三角フラスコに入れ、アセトン50 mLに溶解させます。
  • D液:④ 炭酸ナトリウム200 mgを200 mLの三角フラスコに入れ、水100 mLに溶解させます。
  • E液:⑤ 酢酸パラジウム8 mgを30 mLの三角フラスコに入れ、アセトン 8 mLに溶解させます。(完全には溶解しないこともありますが、実験上問題はありません。)

実験1:蛍光分子1の合成・観察

  1. 写真2 A液、B液、D液を混合させた様子写真2 A液、B液、D液を混合させた様子

    スクリュー管にA液5 mL、B液2.5 mL、D液2.5 mLを駒込ピペットで加え、混合します。この時点では反応が進行していないので、混合溶液をブラックライトで照らしても蛍光が観察されないことを確認してください(写真2)。ブラックライトの光を直視しないように注意してください。

  2. 写真3 A液、B液、D液を混合させた溶液にE液を滴下して振り混ぜた後の様子写真3 A液、B液、D液を混合させた溶液にE液を滴下して振り混ぜた後の様子

    この混合溶液にE液(触媒の溶液)を1滴だけ滴下し、スクリュー管を振ってよく混ぜます。時々ブラックライトを当てながら観察していると、徐々に黄色の蛍光が現れてくることがわかります(写真3)。

  3. 十分に反応が進行し、ブラックライトを当てた時に黄色の発光が確認されたら、次にソルバトクロミズム特性を確認します。ソルバトクロミズムとは、溶媒の種類によって蛍光色が変化する現象のことを言います。スクリュー管内の反応溶液にヘキサンを5 mLずつ加えていき、蛍光色が黄色から緑色を経て青色に変化する様子を観察してください。溶液は2層に分離しますので、よく振り混ぜながら観察してください。微妙な色の変化は写真では伝わりにくいので、皆さんで実際に観察してください。

実験2:蛍光分子2の合成・観察

  1. 写真4 A液、C液、D液を混合させた様子写真4 A液、C液、D液を混合させた様子

    スクリュー管にA液5 mL、C液2.5 mL、D液2.5 mLを駒込ピペットで加え、混合します。この時点では反応が進行していないので、混合溶液をブラックライトで照らしても蛍光が観察されないことを確認してください。ブラックライトの光を直視しないように注意してください(写真4)。

  2. 写真5 A液、C液、D液を混合させた溶液にE液を滴下して振り混ぜた後の様子写真5 A液、C液、D液を混合させた溶液にE液を滴下して振り混ぜた後の様子

    この混合溶液にE液(触媒の溶液)を1滴だけ滴下し、スクリュー管を振ってよく混ぜます。時々ブラックライトを当てながら観察していると、徐々に青色の蛍光が現れてくることがわかります(写真5)。

後片付け

反応溶液、および残ったE液はパラジウムを含んでいますので、重金属含有有機廃液として適切に処理してください。残ったA液~C液は可燃性有機廃液として処理してください。残ったD液のみ、実験室の流しに廃棄しても構いません。

その他

ブラックライトを使って、身の回りの蛍光物質を観察してみましょう。例えば、ハガキの宛名面や紙幣、パスポート等には蛍光塗料による印刷が施されています。他にも様々なところで蛍光物質を観察することができますので、色々照らして探してみてください。部屋を暗くした方がよく観察できます。観察する際、ブラックライトを直視しないように注意してください。

※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。

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