わたしたちにとても身近な化学物質のひとつに「酸素」があります。その酸素が体内で運ばれる際、どのような反応を経ているのか?ちょっと難しい反応を、身近で準備できる試薬を使ってイメージしてみよう!!
酸素分子は、地球上にすんでいる生命体にとって、非常に重要な化合物です。われわれは運動をするときにエネルギーを必要としますが、それは ATP の分解反応によって供給されます。その ATP を ADP から生成する過程は、 酸素分子の還元反応を利用していて、その意味で生体エネルギーの発生源のひとつとして酸素分子は必須なものといえます。またこの他にも、体内での反応は酸素分子の存在を必要としていますが、ここでは詳しい説明を省略します。
動物は、生体で必要な酸素を肺まで吸い込んだ後に、血流を通して細胞まで運搬しなければなりません。そこで、酸素分子の水に対する溶解度は非常に低いので、何らかの運搬体が必要になります。脊椎動物の場合には、ヘモグロビン (Hemoglobin、Hb) という複合タンパク質が酸素運搬体として利用されています。その Hb で酸素分子と結合するのは、ヘムの中心にある鉄(II) イオンであり (図1.)、血液が赤いのはこのためです。一方、節足動物や軟体動物の場合には、ヘモシアニン (Hemocyanin、Hc) という銅(I) イオンを 2 個含んだタンパク質が酸素運搬をしていて、そのためこれらの生き物の血液は緑色をしています。また、海産無脊椎動物では、ヘムエリトリン (Hemerythrin、Hr) というカルボキシラト基で架橋された 2 個の鉄(II) イオンが酸素運搬体となっています。
Hb は脊椎動物の赤血球などに含まれる色素タンパク質で、グロビンタンパク質とヘムとからできています。その分子量は約 64000 で、4 つのサブユニットから成っていて、α 鎖と β 鎖がそれぞれ 2 個ずつ含まれています。これらは同一のアミノ酸配列を持っているわけではありませんが、そのペプチド鎖が折り畳まれてできる構造 (3 次構造) は良く似ています (図2)。また筋肉細胞中には、これらと良く似た構造のミオグロビン (Myoglobin、Mb) があり、酸素分子を貯蔵する役目を持っています。
Hb や Mb のように分子量の大きなタンパク質ではなく、もっと簡単な構造の金属錯体でも、酸素分子と可逆的に結合することのできる錯体が存在します。これらは、構造の複雑な Hb や Mb と酸素分子との結合の性質を知る上で、重要な手がかりを与えてくれます。そのいくつかを、図3. に示します2、3)
なお生体中では、酸素分子を活性化して種々の有機化合物の酸化反応を触媒する金属酵素、ペルオキシダーゼ (peroxidase)、が知られています。ここに示したような、酸素と可逆的に反応することのできる金属錯体を、酸化反応に対する触媒として用いる試みも行なわれています。
次のリスト1 にまとめた器具を用います。
リスト1. 実験で使用する器具
実験で用いる試薬は次のリスト2 の通りです。いずれも市販品を試薬会社から入手可能です。
実験に用いる試薬は、取り扱い方を誤ると危険なものもありますので、じゅうぶん注意しましょう。
またここで用いる試薬を環境中に放出してはいけません。直接下水に捨てずに、いったん専用のポリタンクに集め、適切な処理をして廃棄します。
次のリスト3 に示した濃度の溶液を、それぞれ調整します。なお濃アンモニア水は、市販品をそのまま用います。
リスト3. 本実験で用いる溶液の濃度
ここではメスフラスコを用いてそれぞれ 100 mL の溶液を作りました (写真3) が、メスフラスコがない場合には、ビーカーを用いて、メスシリンダーで測り取った水に試薬を溶解させてもかまいません。
二つの注射器の一方 (A) に、塩化コバルト水溶液を 2 mL とる (写真4上)
もう一方の注射器 (B) に、濃アンモニア水 3 mL を入れる (写真4下)
それぞれの注射器内の空気を排出して、両方を三方コック(C)で接続する。(図4. 写真5)
三方コックを、両方の注射器の溶液が通る向きに回して、注射器A内の溶液を注射器Bに移す(写真6)。この時、溶液の色の変化に注意する。
注射器AとBとの間で気体や液体を移す時に、液体を移す時には注射器の口を下側に(写真18左)、気体を移す時には口を上側に (写真18右) するとよい。
塩化コバルト、CoCl2、を水に溶かすと、[Co(H2O)6]2+ と Cl- を含む溶液になります。ここにアンモニア水を加えると、アンモニアの濃度に応じて次のような各種の錯体が生成します。
[Co(NH3)6]2+、[Co(NH3)5(H2O)]2+、[Co(NH3)4(H2O)2}]2+
酸素との反応は、次式のように進行します。NH3 が5個配位した状態で、酸素の吸収が最も生じやすいことが知られています。
なお生成した二核のコバルト-酸素錯体中では、コバルトイオンは III 価の低スピン状態に、酸素分子は反磁性のペルオキシドイオンに、それぞれなっていると考えられています。
2[Co(NH3)5(H2O)]2+ + O2 ⇄ [(NH3)5CoIII(μ-O22- )CoIII(NH3)5]4+ + 2H2O
また、酸素を吸収してできた複核コバルト-酸素錯体の構造は、例えば図5 の様になっています。
この反応は化学平衡ですから、溶液に EDTA を加えると次式の様な平衡反応が右へ進み、コバルト(II)-EDTA 錯体が生成するために、酸素が発生します。
[(NH3)5Co(μ-O2)Co(NH3)5]4+ + 2H2O ⇄ 2[Co(NH3)5(H2O)]2+ + O2
[Co(NH3)5(H2O)]2+ + 5H2O ⇄ [Co(H2O)6]2+ + 5NH3
[Co(H2O)6]2+ + edta4- ⇄ [Co(edta)]2- + 6H2O
この時のコバルト(II)-EDTA 錯体の構造は、例えば図6 のようになっていると考えられます。
実際には条件によっては、さらにコバルトが酸化されたり、環型の複核架橋種が生じたりといった、複雑な反応が進行することもあります2、3)。
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