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おもしろ科学実験室(工学のふしぎな世界)

酸素を吸う金属錯体の逆襲

2018年12月21日
弘前大学 理工学部 物質創成化学科
准教授 宮本 量

わたしたちにとても身近な化学物質のひとつに「酸素」があります。その酸素が体内で運ばれる際、どのような反応を経ているのか?ちょっと難しい反応を、身近で準備できる試薬を使ってイメージしてみよう!!

はじめに

酸素分子は、地球上にすんでいる生命体にとって、非常に重要な化合物です。われわれは運動をするときにエネルギーを必要としますが、それは ATP の分解反応によって供給されます。その ATP を ADP から生成する過程は、 酸素分子の還元反応を利用していて、その意味で生体エネルギーの発生源のひとつとして酸素分子は必須なものといえます。またこの他にも、体内での反応は酸素分子の存在を必要としていますが、ここでは詳しい説明を省略します。

図1. ヘモグロビンやミオグロビンのヘム、プロトポルフィンIX-鉄(II)図1. ヘモグロビンやミオグロビンのヘム、プロトポルフィンIX-鉄(II)

動物は、生体で必要な酸素を肺まで吸い込んだ後に、血流を通して細胞まで運搬しなければなりません。そこで、酸素分子の水に対する溶解度は非常に低いので、何らかの運搬体が必要になります。脊椎動物の場合には、ヘモグロビン (Hemoglobin、Hb) という複合タンパク質が酸素運搬体として利用されています。その Hb で酸素分子と結合するのは、ヘムの中心にある鉄(II) イオンであり (図1.)、血液が赤いのはこのためです。一方、節足動物や軟体動物の場合には、ヘモシアニン (Hemocyanin、Hc) という銅(I) イオンを 2 個含んだタンパク質が酸素運搬をしていて、そのためこれらの生き物の血液は緑色をしています。また、海産無脊椎動物では、ヘムエリトリン (Hemerythrin、Hr) というカルボキシラト基で架橋された 2 個の鉄(II) イオンが酸素運搬体となっています。

図2. ヒトヘモグロビンのβ鎖の構造1)図2. ヒトヘモグロビンの β 鎖の構造1)

Hb は脊椎動物の赤血球などに含まれる色素タンパク質で、グロビンタンパク質とヘムとからできています。その分子量は約 64000 で、4 つのサブユニットから成っていて、α 鎖と β 鎖がそれぞれ 2 個ずつ含まれています。これらは同一のアミノ酸配列を持っているわけではありませんが、そのペプチド鎖が折り畳まれてできる構造 (3 次構造) は良く似ています (図2)。また筋肉細胞中には、これらと良く似た構造のミオグロビン (Myoglobin、Mb) があり、酸素分子を貯蔵する役目を持っています。

Hb や Mb のように分子量の大きなタンパク質ではなく、もっと簡単な構造の金属錯体でも、酸素分子と可逆的に結合することのできる錯体が存在します。これらは、構造の複雑な Hb や Mb と酸素分子との結合の性質を知る上で、重要な手がかりを与えてくれます。そのいくつかを、図3. に示します2、3)

図3. 酸素分子と結合する種々の金属錯体図3. 酸素分子と結合する種々の金属錯体

なお生体中では、酸素分子を活性化して種々の有機化合物の酸化反応を触媒する金属酵素、ペルオキシダーゼ (peroxidase)、が知られています。ここに示したような、酸素と可逆的に反応することのできる金属錯体を、酸化反応に対する触媒として用いる試みも行なわれています。

用意するもの

使用する器具

次のリスト1 にまとめた器具を用います。

リスト1. 実験で使用する器具

  • 100 mL メスフラスコ、2 個
  • 50 mL 注射器、2 個 (写真1 (上))
  • 三方コック、1 個 (写真1 (下))
  • 300 mL ビーカー、3 個
  • 大きいビーカー、1 個
  • 試験管、2 本
  • 線香
  • マッチ
写真1. 注射器(上)と三方コック(下)写真1. 注射器(上)と三方コック(下)
写真2. 三方コックの使い方。矢印で示した通り、つまみの方向が閉じていて、それ以外が通じている。写真2. 三方コックの使い方。
矢印で示した通り、つまみの方向が閉じていて、それ以外が通じている。

試薬

実験で用いる試薬は次のリスト2 の通りです。いずれも市販品を試薬会社から入手可能です。

リスト2. 本実験で用いる試薬
  • 塩化コバルト(II)六水和物 (CoCl2.6H2O)
  • 濃アンモニア水、25 %(w/w) (NH3)
  • エチレンジアミン四酢酸二水素二ナトリウム二水和物 (C10H14N2Na2O8.2H2O)

注意

実験に用いる試薬は、取り扱い方を誤ると危険なものもありますので、じゅうぶん注意しましょう。

  • 塩化コバルト(II): 重金属は一般に毒性があります。
  • 濃アンモニア水:“劇物”です。強アルカリですから、皮膚についたらすぐに大量の水で洗ってください。目に入ると失明の危険があります。…保護メガネの着用を推奨します。
    また強い刺激臭がありますので、排気設備 (ドラフト) があるところで取り扱います。
  • エチレンジアミン四酢酸、EDTA: 摂取されると、体内で重要な働きをしている金属イオンと強く結合し、金属イオンの本来の働きを阻害する恐れがあります。

またここで用いる試薬を環境中に放出してはいけません。直接下水に捨てずに、いったん専用のポリタンクに集め、適切な処理をして廃棄します。

実験 (溶液の調製)

次のリスト3 に示した濃度の溶液を、それぞれ調整します。なお濃アンモニア水は、市販品をそのまま用います。

リスト3. 本実験で用いる溶液の濃度

  • 塩化コバルト(II) … 1.0 mol/L
  • エチレンジアミン四酢酸 (以下 EDTA) … 0.2 mol/L
写真3. 塩化コバルト(II)水溶液(左), EDTA水溶液(右)写真3. 塩化コバルト(II)水溶液(左)、EDTA水溶液(右)

ここではメスフラスコを用いてそれぞれ 100 mL の溶液を作りました (写真3) が、メスフラスコがない場合には、ビーカーを用いて、メスシリンダーで測り取った水に試薬を溶解させてもかまいません。

実験 (コバルトアンミン錯体と酸素との反応)

コバルトアンミン錯体溶液の調整 [*]

  1. 二つの注射器の一方 (A) に、塩化コバルト水溶液を 2 mL とる (写真4上)

  2. もう一方の注射器 (B) に、濃アンモニア水 3 mL を入れる (写真4下)

    写真4. 注射器に塩化コバルト水溶液(上)とアンモニア水(下)を取った様子. 写真撮影のためにそれぞれに三方コックを付けている。写真4. 注射器に塩化コバルト水溶液(上)とアンモニア水(下)を取った様子。写真撮影のためにそれぞれに三方コックを付けている。
  3. それぞれの注射器内の空気を排出して、両方を三方コック(C)で接続する。(図4. 写真5)

    図4. 反応装置. 二つの注射器 A と B を三方コック (C) で接続する.図4. 反応装置。二つの注射器AとB を三方コック(C)で接続する。
    写真5. 二つの注射器を三方コックで接続した様子.写真5. 二つの注射器を三方コックで接続した様子。
  4. 三方コックを、両方の注射器の溶液が通る向きに回して、注射器A内の溶液を注射器Bに移す(写真6)。この時、溶液の色の変化に注意する。

    写真6. 注射器A 内の溶液を注射器B に移した.写真6. 注射器A内の溶液を注射器B に移した。

酸素の吸収 [*]

  1. コックを回して注射器Aを外気と通じ、Aに空気を吸い込む。Aを水平にしたときに、ちょうど50mLの空気が入っているようにする (写真7)
    写真7. 注射器A に空気を入れる。写真7. 注射器Aに空気を入れる。
  2. コックを回して注射器Aと注射器Bとを通じ、Aの空気をBに移す(写真8)
    写真8. 注射器Aの空気を注射器B に移す。写真8. 注射器Aの空気を注射器Bに移す。
  3. 三方コックを回して注射器Bを閉じてから、注射器Aをはずして、Bをよく振る(三方コックとピストンを軽く押さえて分液ロートを振るように5分程度)。溶液の色の変化を観察する。
    写真9. 注射器B, 振る前(上)と振った後(下). 空気の体積が減っている様子がわかる。
    写真9. 注射器B、振る前(上)と振った後(下)。
    空気の体積が減っている様子がわかる。
  4. 注射器 B 内の空気の体積が一定になった後、注射器 A を接続して気体だけを A に移す。
    移した気体の体積を読み取る。
    写真10. 注射器B の空気を注射器A に移す。注射器を接続した様子 (上) と空気を移した後 (下)
    写真10. 注射器B の空気を注射器A に移す。
    注射器を接続した様子 (上) と空気を移した後 (下)
    写真11. 注射器B に移された気体の体積を読み取る。ここでは 38 mL だった。空気の体積は12 mL 減っている。写真11. 注射器B に移された気体の体積を読み取る。
    ここでは 38 mL だった。空気の体積は12 mL 減っている。
  5. 注射器 A 内の気体を水上置換で試験管に取る(写真12)。
    この中に火のついた線香を入れ、その様子を観察する(写真13)。
    この気体は、もとの空気がどうなったものか?
    写真12. 水上置換で注射器A 内の気体を試験管に取る.写真12. 水上置換で注射器A 内の気体を試験管に取る。
    写真13. 試験管に取った気体に線香の火を入れる.写真13. 試験管に取った気体に線香の火を入れる。

酸素の放出

  1. 注射器 A に EDTA 水溶液 12 mL を入れ、これを注射器 B に移して (写真14) よく振る (10 分程度)。どんな反応がおこるか観察する (写真15)。
    写真14. 注射器Aに取った EDTA 水溶液を注射器B に移す.
    写真14. 注射器Aに取った EDTA 水溶液を注射器B に移す。
    写真15. 反応が進み、気体が発生した。
  2. 反応が終了したら、発生した気体を注射器 A に移して、その体積を読み取る (写真16)。
    写真16. 発生した気体を注射器A に移し (上), 体積を読み取る (下). 今回は 7 mL の気体が発生した.
    写真16. 発生した気体を注射器A に移し (上), 体積を読み取る (下). 今回は 7 mL の気体が発生した.写真16. 発生した気体を注射器A に移し(上)、体積を読み取る (下)。
    今回は 7mLの気体が発生した。
  3. 注射器 A 内の気体を水上置換で試験管に取る。
    この中に火のついた線香を入れ、その様子を観察する (写真17)。発生した気体は何だろうか ?
    写真17. 試験管に取った気体の中に線香の火を入れると, 明るく輝いた.
    写真17. 試験管に取った気体の中に線香の火を入れると, 明るく輝いた.写真17. 試験管に取った気体の中に線香の火を入れると、明るく輝いた。

[*] 実験のポイント

注射器AとBとの間で気体や液体を移す時に、液体を移す時には注射器の口を下側に(写真18左)、気体を移す時には口を上側に (写真18右) するとよい。

写真18. 注射器の口. 液体を移す時には注射器の口を下側に(左), 気体を移す時には口を上側に (右) するとよい写真18. 注射器の口。
液体を移す時には注射器の口を下側に(左)、気体を移す時には口を上側に (右) するとよい。

解説

塩化コバルト、CoCl2、を水に溶かすと、[Co(H2O)6]2+ と Cl を含む溶液になります。ここにアンモニア水を加えると、アンモニアの濃度に応じて次のような各種の錯体が生成します。

[Co(NH3)6]2+、[Co(NH3)5(H2O)]2+、[Co(NH3)4(H2O)2}]2+

酸素との反応は、次式のように進行します。NH3 が5個配位した状態で、酸素の吸収が最も生じやすいことが知られています。
なお生成した二核のコバルト-酸素錯体中では、コバルトイオンは III 価の低スピン状態に、酸素分子は反磁性のペルオキシドイオンに、それぞれなっていると考えられています。

2[Co(NH3)5(H2O)]2+ + O2 ⇄ [(NH3)5CoIII(μ-O22- )CoIII(NH3)5]4+ + 2H2O

また、酸素を吸収してできた複核コバルト-酸素錯体の構造は、例えば図5 の様になっています。

図5. [(NH3)5Co(-O2)Co(NH3)5]4+ の構造の例3)図5. [(NH3)5Co(μ-O2)Co(NH3)5]4+ の構造の例3)

この反応は化学平衡ですから、溶液に EDTA を加えると次式の様な平衡反応が右へ進み、コバルト(II)-EDTA 錯体が生成するために、酸素が発生します。

[(NH3)5Co(μ-O2)Co(NH3)5]4+ + 2H2O ⇄ 2[Co(NH3)5(H2O)]2+ + O2

[Co(NH3)5(H2O)]2+ + 5H2O ⇄ [Co(H2O)6]2+ + 5NH3

[Co(H2O)6]2+ + edta4- ⇄ [Co(edta)]2- + 6H2O

この時のコバルト(II)-EDTA 錯体の構造は、例えば図6 のようになっていると考えられます。

図6. コバルト(II)-EDTA 錯体の構造図6. コバルト(II)-EDTA 錯体の構造

実際には条件によっては、さらにコバルトが酸化されたり、環型の複核架橋種が生じたりといった、複雑な反応が進行することもあります2、3)

参考

  1. 西田雄三、“無機生体化学”、裳華房、1994.
  2. F. A. コットン、G.ウィルキンソン、“無機化学”、(原書第4版、中原訳、培風館、1988)
  3. R. D. Jones, D. A. Summerville, F. Basolo, Chem. Rev., 1979, 79, 139; and references there in.
  4. K. Saito, K. Ogino, J. Chem. Edu., 1988, 65, 268.
※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。

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