2025年2月13日
東海地区
岐阜大学 工学部
「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」をご存知ですか?2019年に開催されたG20大阪サミットにおいて日本が提案した「海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減する目標」のことを指します。現在、達成目標年を2040年として、汚染対策への取り組みが国際的に加速しています。2022年以降、2025年1月現在に至るまで、プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書策定に向けた政府間交渉委員会(INC)が5回にわたって開催されていることからも、国際的な注目度の高さが伺えます。一方、問題解決のための対策立案には科学的知見がまだまだ不足していると指摘されています。
こういった背景を受け、私達の研究グループでは、特に、大きさ5mm未満の「マイクロプラスチック」の発生・流出の実態把握と抑制技術の開発について研究を進めてきました。
洗濯は日々の生活に欠かせません。しかし、ポリエステルなどの化学繊維で作られた衣料品を洗濯すると、「繊維状マイクロプラスチック」が発生します。繊維状マイクロプラスチックは、微細であり、ピンセットで掴めません。そのため従来は正確な分析が難しかったのですが、私達は「蛍光染色観察法」を使って、本数と長さを計測できる技術を開発してきました)。その手法を使って、全国排出量を推計した結果を図1に示します。図2にみられるような繊維状マイクロプラスチックについて、その排出量が一人一日あたり約23,000本と推計されました。また、各家庭からの生活排水や事業所などの排水を集めて処理する「下水道(下水処理場)」、各戸で汚水をオンサイト処理する「浄化槽」、浄化槽汚泥を処理する「し尿処理場」などを実測調査(図3)したデータから、これらの汚水処理施設での除去率が90%以上であることが分かりました。一方、除去されきれずに全国の水環境に排出される量は2,720億本/日となり、汚水未処理人口(2023年度末時点で全人口の6.7%)からの排出量がこのうち約3/4を占めると推計されました。国内で整備され、管理されてきた大切な社会基盤である汚水処理施設は、もともとは「新たな環境汚染物質」の除去を目的に作られたものではないですが、繊維状マイクロプラスチックの重要な流出抑制機能を有していることが分かります。
最近、砂浜海岸でみつかるプラスチックの調査をスタートしました。大学から近い半島(例:知多半島)や本州から遠く離れた離島(例:沖永良部島)、海外の海岸(例:インドネシア・ジョグジャカルタ南部の海岸)などの砂浜を調査(図4、図5、図6)した結果、大小様々なプラスチック片が見つかりました。大きな漂着物の中には、パッケージに海外の言語がみられ、起源(どこからきたのか)が予想できるものもありました。また、沖永良部島では、台風の際に漂着物が大量に砂浜に打ち上げられていたり、ジョグジャカルタ南部の海岸では、調査した乾季の間は上流河川から運ばれてきたプラスチックごみがラグーンに溜まった状態になっていたりと、その土地の特徴によってプラスチックの流出や滞留状況が異なることが分かりました。
各砂浜で収集したプラスチック片について、FT-IRという装置を用いて樹脂の種類を同定しつつ、顕微鏡により、大きさ、形、色などを観察して記録しました(図7)。それらのデータを解析したところ、その検出傾向から、環境中で、あるいは、調査した砂浜で、大きなプラスチック片から小さなプラスチック片に微細化していることが示唆されました。また、砂浜でのビーチクリーン活動は国内でも盛んに行われていますが、数百μm未満の大きさの微細プラスチック片は人の手では回収しきれていない可能性も考えられました。
微細なプラスチック片の場合、起源を推測することは簡単ではありません。そこで、私達の研究グループでは、上述のFT-IRに加えて、得意とする高分解能質量分析技術を活用し、砂浜で回収したプラスチックに含まれる微量有機成分を一斉に分析することで、起源を解析する取り組みを行っています(図8)。例えば、プラスチック製品がボロボロ(つまり微細化)にならないように製造時に添加される紫外線防止剤であったり、最初からプラスチックに添加されるはずのない農薬や界面活性剤であったり、一緒に検出される微量有機成分の含有傾向から起源を推定する試みです。また、これらのデータを積み上げることで、どのようなプラスチック片が海洋へ流出しやすい(海外から漂着しやすい)か、どのような化学汚染物質がプラスチックと共存して移動しやすいか、などを解明できればと考えています。
環境研究においては「Think Globally, Act Locally」の精神が重要と考えます。現地調査/実験/データ解析を通じて目の前の環境問題に向き合い、研究実績を積み上げることは大事です。さらに、それらの知見を、地球上の様々な場所で起きている問題にどのように応用できるか、思いを巡らすことも大事といえるでしょう。
私達の研究成果が、世界的なプラスチック汚染対策の推進につながるよう、日々活動を続けていきます。
1) 田中周平、山下洋正、北村友一&鈴木裕識 (2022) 下水中に含まれるマイクロプラスチックの検出と挙動に関する共同研究報告書 -下水中の繊維状マイクロプラスチックの分析マニュアル-
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