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環境への取り組み

次世代エンジンの性能向上に関する基礎研究(第2報)

九州地区

2020年9月11日
九州地区

大分大学 理工学部 創生工学科 機械コース 熱工学研究室
教授・田上公俊、准教授・橋本淳、助教・加藤義隆

はじめに

 大分大学理工学部 創生工学科 機械コース 熱工学研究室では、次世代エンジンの性能向上を目指して研究を行っています。実機エンジンの実験が行える大学・研究機関と連携しながら、熱力学・燃焼学・反応性ガス力学の専門性を活かし、燃焼場を模擬した単純装置を使用することによって、現象解明とそのモデル化へ貢献しています。第1報でそのいくつかを紹介しましたが、第2報では特に、微粒子排出量予測モデルの構築に関する研究を取り上げ、「研究の進め方」といった視点で事例紹介したいと思います。

微粒子排出量予測モデルの構築に関する研究

 まず、研究背景を紹介します。ガソリンエンジンでは従来、未燃の燃料、一酸化炭素、窒素酸化物が規制対象となっており、特にこれらを浄化する必要がありました。これらはエンジン内部の燃焼を工夫するだけではすべてを同時に減らせないため、エンジンから排気ガスが出た後に、触媒という浄化装置を取り付けることによって浄化しています。図1は、その浄化率を触媒装置の温度に対して示したものです。図から、装置の温度が300℃程度以上にならないと、大気汚染物質を十分に浄化できないことがわかるかと思います。

図1 触媒装置の浄化率図1 触媒装置の浄化率

 想像してください。朝起きて出かけましょう。エンジンを始動させます。そのとき、車の各部はこんな高い温度でしょうか?ほとんど常温ですよね。そのような状態でエンジンをかけると・・・、エンジンの中で発生した大気汚染物質がたくさん、排気管から排出されてしまうのです。エンジンや触媒装置が暖まるまで数十秒から数分・・・、実は、これだけで今の排気ガス規制値を超えてしまうことがあります。そのため、触媒装置を早期に暖気することは重要な課題なのです。

 では、どうしましょうか?電気的にヒーターで加熱しましょうか?それでもかまいませんが、コストが増大します。さて・・・と考えると、エンジン、つまりは燃料を燃やす装置があるわけです。それを使うことを考えてみましょう。

 高校生の皆さんは熱力学を学んでいると思いますので、それを踏まえつつ簡単に説明します。実際のエンジンを考えた正確さは欠きます。図2は、エンジン内のピストンが動くことに伴う体積(v)の変化を横軸に、圧力(p)の変化を縦軸に示したものです。体積が最も小さくなったところで点火して、燃料と空気が燃えて、圧力が大きく上昇します。熱力学で学んでいると思いますが、p-v線図というものです。授業で学んだように、p-v線図で囲まれている領域の面積は、燃焼した燃料の発熱から得られた仕事を表します。この面積が大きいほど得られた仕事が大きいわけです。

図2 エンジン内部の体積と圧力の関係図2 エンジン内部の体積と圧力の関係

 さてここで、図3に示すように点火を遅らせるとどうなるでしょうか?この場合、ピストンが少し下方に動いてから(体積が増えてから)、燃焼による圧力上昇が起こります。すると、最大体積は決まっているので、p-v線図の面積が小さくなりますよね。つまり、燃焼により生じた熱エネルギーが十分に膨張仕事に変換されないまま、排気ガスとして排出されることになります。排気ガスの熱エネルギーが大きいということは、温度が高いということ、つまり、触媒を暖めやすくなるということです。もちろん、仕事が減っているので燃費の観点からは良くありません。しかし、新たにヒーター等を搭載するコストを考えれば、エンジンを始動してしばらくの間だけこのような運転を行い、総合的なコストを抑えつつ、触媒暖気が行えることになります。

図3 エンジン内部の体積と圧力の関係(点火を遅らせた場合)図3 エンジン内部の体積と圧力の関係(点火を遅らせた場合)

 ただし、問題も残ります。詳細は省きますが、図3に示すような方法で、かつエンジン始動時に点火しようとすると、燃焼に失敗することが多くなるんですよね。簡単にいうと、着火しにくいと思ってもらってかまいません。そこで、もう一工夫します。通常は、エンジンの中に空気を吸い込む過程で燃料を供給して(吸気行程噴射)、均一な燃料・空気混合気を作るのですが、エンジン始動時は圧縮過程の終わり、図3で体積が最も小さくなったあたりで燃料の一部をエンジン内に噴射します。すると、燃料噴射装置とピストンがとても近い状態ですので、燃料はピストンにぶつかって跳ね返ったり、燃料液膜といった水たまりのようなものをピストン上に形成します。これによって、点火装置のまわりに少し燃料が過濃な領域を作り出し、安定して燃えるようにしています。これで、なんとか、基本の大気汚染物質排出問題は解決できているのです。

 ところが・・・、問題を一個解決すると、次の問題が生じてきます。図4下部に、この燃料がピストンに衝突する状態での燃焼過程を急速圧縮膨張装置を用いて実験し、筒内の様子を可視化した結果を示します。実験結果は、明治大学理工学部 相澤哲哉先生にご提供いただきました。図4上部には、当研究室において数値シミュレーションを行った結果を示しています。シミュレーション結果右上の数字は、エンジンのクランク角度を表します(時間進行を表すと思ってください)。実験はピストンを透明な素材で作り、下方から高速度カメラにより撮影しています。数値シミュレーションの結果も、実験と同じ方向から可視化して示しています。図中335度頃から燃料が噴射されており、345度頃からピストン表面に水たまりのように付着した燃料液膜が形成されています。燃料の色は温度に対応しています。この実験では360度の少し前に点火を行い、360度から火炎(青色の等値面)の燃え広がりが始まっています。火炎が燃え広がり始めると、実験結果において黄色く輝く領域が増加しているのがわかるでしょうか?これは、すすが大量に生成しているのです。皆さんは、炎というとこういった色というイメージがあるかもしれません。実は、燃料と空気がきれいに燃えたときは、火炎はほとんど観えないか、薄い青色です。このように輝炎が観察されるのは、多くのすす(微粒子)が生成されているからなのです。数値シミュレーションでも、我々が開発した予測モデルによって、黄色い領域としてすす計算結果が示されています。

図4 急速圧縮膨張装置を用いたすす生成可視化結果と数値シミュレーション結果図4 急速圧縮膨張装置を用いたすす生成可視化結果と数値シミュレーション結果

 少し長くなりましたが、こういうことです。

 基本の大気汚染物質排出量を従来以上に減少させたい→触媒を有効に使う→エンジンを始動したときに早期に触媒を活性化したい→触媒温度を早期に増加させる→エンジンの排気ガス温度を使う→そのような条件で運転するとすす(微粒子)が大量に生成・排出されてしまう

 従来、すすの規制はディーゼルエンジンに対して課されてきました。ガソリンエンジンでは通常、すすの生成はほとんど起こらなかったからです。ところが、時代の変化で前述したような戦略の実施が求められています。また、ガソリンエンジンから排出される粒子状物質は非常に小さく、肺の奥深くまで到達し、大きな健康被害を招く可能性があります。そのため、非常に厳しい規制が新たに設定されてきており、直近では例えばEU圏で、2014年、2017年と段階的に強化されています。そこで、特にガソリンエンジンの運転条件にて設計段階で適用可能な微粒子排出量予測モデルの開発が求められています。

 では、「ガソリンエンジンの運転条件に適用できる微粒子予測モデル」とは、どのような条件・現象に対するすす生成を予測できる必要があるのでしょうか?それは、プール燃焼です。エンジン筒内で生じるプール燃焼とは、図4に示すような現象です。この現象を解明し、プール燃焼に適用可能な微粒子予測モデルを開発する必要があります。

 しかし、ここでまた問題が生じます。これまでの話で概ね感じていただけたかと思いますが、このすす生成には多様な物理現象が関与しています。図5に、急速圧縮膨張装置を用いて計測されたエンジン筒内燃料濃度分布の時間変化とその数値シミュレーション結果を示します。これは、図4中に白枠で示した三日月状領域においてレーザーを通過させ、燃料濃度を計測、濃度分布を評価したものです。実験結果は、明治大学理工学部 相澤哲哉先生にご提供いただきました。数値シミュレーション結果では、実験と同じ手法で燃料濃度を整理してあります。各小図の横軸は燃料濃度を、縦軸はその頻度を表し、奥行方向に異なる時間の結果が示されています。図から、エンジン内部の燃料濃度は空間的に不均一であり、時間経過に伴って大きく変化することがわかります。この過程には、流れ、噴霧、蒸発、燃料液膜形成など、多くの物理現象が関与しています。

図5 筒内燃料濃度分布の時間変化計測結果と数値シミュレーション結果図5 筒内燃料濃度分布の時間変化計測結果と数値シミュレーション結果

 例えば、燃料噴射装置から噴射された燃料噴霧の挙動を検証した結果を図6に示します。実験結果は、岡山大学大学院 自然科学研究科 河原伸幸先生にご提供いただきました。燃料は噴射装置から噴射された後、液滴の分裂・蒸発を繰り返しながら空間を進んでゆきます。この現象を正確に評価するために、噴射装置出口の燃料噴霧挙動について詳細に実験分析を行い、液滴粒径や速度、噴霧拡がり角を評価、数値シミュレーションの入力値として使用しています。これらが適切に検証されていなければ、図5に示すような燃料濃度分布は正確に再現できません。他にも、燃料の燃焼速度等、すす生成以前の化学反応に関する検証も必要です。つまり、微粒子予測モデルを構築したとしても、それを正確に検証するためには、実用機器を用いた実験結果だけでは影響する因子が多すぎて、問題点が曖昧になってしまうのです。

図6 燃料噴霧の挙動に関する検証(左図は実験結果、右図は数値シミュレーション結果)図6 燃料噴霧の挙動に関する検証(左図は実験結果、右図は数値シミュレーション結果)

 そこで、特に基礎的現象を取り扱う大学の研究室としては、アイデアを考えます。まず、燃料について検討する必要がありました。ガソリンは非常に多くの成分で構成されており、その割合も一定ではありません。ガソリン自体を反応計算することは難しいため、ガソリンの性質を良く再現するモデル燃料を決定することから始めました。ガソリンエンジン燃焼を再現するために重要な点は、燃料の蒸発特性、自着火特性(第1報参照)、芳香族炭化水素(トルエンなど、ベンゼン環を含む成分)の割合を再現することです。私達の共同研究グループでは、まず、それらを考慮して設計用化学反応計算が可能なモデル燃料を作成しました。図7に一例として、ガソリンとモデル燃料の蒸発特性比較結果を示します。図は、北海道大学大学院 工学研究院 小橋好充先生にご提供いただきました。作成したモデル燃料は、実機エンジンにおいて、ガソリンを用いた場合と同等のすす生成特性を示すことも確認してあります。

図7 モデル燃料の蒸発特性図7 モデル燃料の蒸発特性

 次に、プール燃焼とはどのような現象なのか?ということを議論しました。図8に、エンジン内において点火してからプール燃焼が起こるまでの様子を示します。燃料噴射によって、例えばピストンに燃料が付着します。その後、混合気が点火されると火炎が伝ぱを始めます。これが図8中の左図の段階で、赤線が火炎です。付着した燃料は火炎が到達する前に少し蒸発しているので、そこに火炎が達するとすすが生じますが、これ自体はプール燃焼ではありません。その後、火炎が室内全体に伝ぱした後を表すのが図8中の右図です。壁面に付着した燃料は、高温ガスの中へ蒸発してゆきます。高温ガスは既燃焼ガスですので、酸素濃度はとても低くなっており、蒸発した燃料との間に自立的な火炎は成立しません(拡散火炎ではない)。では、すすはどうやって生じるのかというと、高い温度および燃焼生成物等にサポートされながら緩やかに反応が進行し、燃料が半ば蒸し焼きになったような状態で形成してゆくこととなります。

図8 プール燃焼とは?図8 プール燃焼とは?

 さて、このようなプール燃焼現象について、条件を指定してすす生成量を計測し、予測モデル検証が行いたいわけです。一方で、エンジン燃焼は高速な非定常現象であり、プール燃焼という筒内の一部で生じるような現象について、詳細な計測には向いていません。また、前述したように噴霧、蒸発、燃焼と多様な現象が関与しており、微粒子生成という現象のみに着目することができません。そこで、大学の研究室において基礎的な燃焼装置を用い、定常的にプール燃焼現象を再現し、微粒子予測モデルの検証が可能な実験方法を考えました。

 図9に、実験装置の概略と考案した実験により撮影されたプール燃焼現象の写真を示します。実験には、燃焼学の分野ではしばしば用いられる対向流燃焼器を使用しました。図9中左に示す装置で、上下2つのダクトが向かい合って設置されています。実験ではまず、上部ダクトから燃料と酸素・窒素を混合したガスを供給して着火、高温の燃焼ガスを作り出します。その際、下部ダクトからは窒素を高温燃焼ガスに立ち向かうように供給しておきます。この段階だと、図9中下部写真において、上方に存在する青い火炎のみが存在します。次に、下部ダクトから流入する窒素の一部を予め気化させた液体燃料に置き換えます。予め蒸発させておくので、燃料蒸発に関する物理モデルの影響は除去して実験ができます。燃料蒸気は高温ガスに向かって供給され、図8に示す、高温の燃焼ガスにサポートされながら燃料が反応し、すすが生成する場を形成できたことになります。図9下方の写真では、輝炎が生じていることが確認できます。

図9 考案した模擬筒内プール燃焼実験図9 考案した模擬筒内プール燃焼実験

 構築している微粒子予測モデルの詳細は、難しくなるためにここでは紹介しませんが、図10に示すように、考案した実験手法を使ってモデルの検証が行われています。

図10 模擬筒内プール燃焼実験を用いた微粒子予測モデルの検証図10 模擬筒内プール燃焼実験を用いた微粒子予測モデルの検証

 このようにして微粒子予測モデルを構築した結果や、共同研究においてブラッシュアップされた噴霧モデル等を用いて、最終的には実機エンジン実験に対する検証を続けています。図11に、その計算例を示します。これらの成果は、またいつか紹介します。

図11 実機エンジンに対する微粒子予測モデルの検証(gifファイル)図11 実機エンジンに対する微粒子予測モデルの検証

おわりに

 以上、微粒子排出量予測モデルの構築に関する研究を取り上げ、「研究の進め方」といった視点で話題提供させていただきました。高校生の皆さんにお伝えしたいことは、現象を見極めて、簡単な系で考える練習は重要だということです。研究活動では、限られたリソースで最大のパフォーマンスを発揮する必要があります。これは、高校での勉強や大学入試の準備でも学べることかもしれませんね。また、日々の課外活動でも身につくことではないでしょうか。

 私達研究者にとっても、これは難しいことです。でも、皆で考えれば、アイデアはたくさんでてきます。皆さんと一緒に、いつか研究できる日を楽しみにしています。

※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。

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