2015年7月27日
関東地区
埼玉大学 工学部・環境共生学科 物質循環制御研究室
王 青躍
近年、日本の都内に住む3.5人に一人が花粉症を発症していると言われています。これは2月から4月にかけてのスギ花粉に限らず、5月頃のヒノキ花粉、8~9月頃のブタクサやヨモギの花粉と、ほぼ通年にわたる現代病と捉えてよいでしょう。これまでは花粉の飛散量が患者数に関わる原因と考えられてきました。しかし、大きなファクターではあるものの、それだけではないことが当研究室の学術研究から解明されています。大気中に移流・浮遊する、さまざまな汚染物質と花粉との接触により引き起こされる作用が、重篤な因果関係をもって私たちを苦しめているのです。
スギ花粉症に例えると、実際に花粉症を発症させる原因になるのは、花粉の表面に付着しているCry j1と、花粉内部にあるCry j2というアレルゲン物質(抗原)です。それらの抗原が花粉から分離し、人体内に侵入して抗体と結合することで発症します。花粉自体は大きさ約30ミクロンと大きいので、直接に呼吸器系深部に入り込めませんが、アレルゲン物質は1.0ミクロン以下の大きさ(PM1.0)のため、簡単に体内に侵入し、呼吸器系深部の肺胞にまで到達してしまいます。花粉は自然に浮遊している状態でも割れ(破裂し)て(図1、文1~2)、アレルゲン物質を放出しますが、その分離を助けアレルゲン物質放散を増長するのが、大気中の汚染物質です。春先では黄砂が広く知られています。他には自動車排気ガス、ゴミ焼却・工場排煙などの燃焼煙源からの炭素物質、金属成分、硫酸塩や硝酸塩を含む微小粒子状物質、すなわち、いま話題のPM2.5などがそれにあたります。大気中の汚染物質との相互作用が、花粉アレルギー性を増悪させることになります。
自然な状態で割れる花粉は約2割程度です。しかし、大気汚染物質と接触した場合、約8割が破裂します。高濃度のアレルゲン物質が拡散するのです。さらに危険なのは、花粉のアレルゲンだけならまだしも、例えばPM2.5中の硫酸塩などと一緒に存在すると、爆発しやすくなり、それに含まれる有害物質とアレルゲン物質も1.0ミクロン以下のPM1.0として放出されること(図2、文3~4)です。それらの有害物質は気管支炎や喘息を誘発させたり、新たな修飾したアレルゲンをつくる可能性のあることが解ってきました。結局、花粉アレルゲン物質を修飾して、抗体との反応性が強くなり、アレルギー性の増悪に作用するという計測結果(図3、文5)も発見しました。
このように長年、花粉症と大気汚染物質との関わりを研究し、警鐘を鳴らしてきましたが、ここにきてようやく注目され、私たちの研究はその次のステージに移りつつあります。その対策方法としては、民間企業との共同によるアレルゲン物質を除去・抑制する空気清浄化技術の開発や吸引を防ぐマスクの提案などです。しかし、もっと重要なことは、根源であるアレルゲン物質をいかに減らせるかだと考えています。しかも日本一国の問題ではなく、欧米などを含めて世界的な問題と捉えています。大気中有害物質対策の先進国として、日本はその技術と情報発信をもっと世界に対して行うべきで、埼玉大学工学部がその役割を充分担えると思っています。
参考文献
掲載大学 学部 |
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