「固体」、「液体」、「気体」という物質の三態を習ったでしょうか。辞書で「固体」を調べると、「形状や体積が一定であるもの」とあります。一方「液体」はそれに対し、「一定の形状を持たないもの」とあります。では、皆さんが歯をみがくときを想像してください。歯ブラシの上にのせた歯みがき粉はその場にとどまり形状を保っているので、これは固体です。といいたいところですが、ちょっと待ってください。チューブを手で押すと「形状が変化しながら」外に流れ出てくるわけですから、やっぱり液体ではないか、とも思ってしまいます。では、ゆっくり移動する氷河はどうでしょうか。河というくらいですから液体ですといいたいところですが、こちらも目の前にたたずむ氷河を実際に見たとしたら、とても固体としか思えない気がします。このように、実は世の中にあるあらゆる物体は、厳密にいえば完全な固体もしくは液体というわけではないのです。見方や観測条件によって、固体と液体の性質をあわせもっているといえるでしょう。今回は、そのような性質を表す概念である「粘弾性」について知るために、簡単な力学模型を作製してその振る舞いを解析してみましょう。
粘弾性について理解するために、まずは「弾性」と「粘性」について復習しましょう。基本となる知識は、「弾性率」と「粘度」の定義です。まず弾性率ですが、「フックの法則」を思い出してください。「ばねにはたらく力の大きさは伸びに比例する」というものですね。このときの比例定数が「ばね定数」です。しかし、変形させたらもとに戻ろうとする物体はばねだけではありません。たとえばゴムは比較的大きな変形まで弾性体的な性質を示す素材です。そこで、ばね定数に相当する比例定数を一般の物質にも拡張します。そのときの比例定数が弾性率です。
(応力)=(弾性率)×(ひずみ)
ここで、単なる力ではなく「応力」と表記していますが、これは単位面積あたりにかかる力のことで、圧力とほぼ同義です。面積で割ることによって、物質固有の性質を表す量として表示しています。また「ひずみ」は元の状態に対する変形量で、変形の仕方はいろいろありますから、測定方法に応じて様々な仕方で定義されます。
一方で粘度は、日常生活でもよく耳にはしますが、科学的な意味は意外とややこしいパラメータです。粘度は以下のように定義されています。
(応力)=(粘度)×(ひずみ速度)
ひずみ速度というのは、変形の速度、すなわちひずみの時間微分のことです。このように応力がひずみ速度に比例する性質を「ニュートンの粘性法則」といいます。フックの法則と比べると知名度が低いのですが、その液体版です。たとえば水やハチミツなどは、完全ではありませんが大体この法則にしたがうといわれており、「ニュートン流体」と呼ばれます。水をゆっくりかき混ぜてもあまり抵抗は感じませんが、水面を勢いよくたたくと痛いと思います。これは、与える変形の速度に応力が比例することを示しているのです。一方で、たとえばペンキは、塗るときにはサッと流れますが、塗り終わったら流れずにとどまってくれます。これは、応力がひずみ速度に単純に比例しない性質を利用しており、このような流体は「非ニュートン流体」と呼ばれます。非ニュートン性は、ひずみにより物質内部にある構造が変化することに由来しています。
このように、弾性(固体の性質)と粘性(液体の性質)はわかりやすいように別物として定義されてはいるのですが、実際に世の中にある物体はすべて、少なからず両方の性質をあわせもっています。それを表現する方法のひとつが粘弾性です。イメージとして、糊や納豆など引っ張ると糸を曳くものを思い浮かべてみてください。形状を保とうとするのと同時に流動していく性質もあわせもっていることを示す、わかりやすい例といえますね。
粘弾性体の性質をより定量的に理解する試みとして、力学モデルで表すというものがあります。例として、以下の図のように粘性部分と弾性部分を直列につないだ仮想の模型を考えます。これはマクスウェルモデルと呼ばれています。今回は、簡単に入手できる部材でこれに似た模型を実際に作製し、変形に対する力の応答の様子を解析してみましょう。
いずれもホームセンターやネット通販などで手に入ると思います。きりを使う場合は軍手を着用するなど、怪我をしないように気をつけましょう。
あとでばねの伸び量を力に換算するため、分銅を用いてばね定数を測定しておきましょう。今回はクランプにタコ糸でばねを取り付け、さらに分銅をつり下げて伸びを測りました。フックの法則を仮定すれば分銅はひとつでよいですが、複数用意して張力を伸び量に対してプロットし直線近似するとより精度が上がるかもしれません。
シリンジの持ち手部分にきりで穴をあけ、そこにばねを引っかけます。ほかの方法でしっかり固定できるのであれば、それでもかまいません。シリンジ本体を動かないようにテーブルやボードの上などにテープでしっかり固定します。その際、ばねの伸び量がわかるように定規や目盛付きボードを設置します。ピストン部分を押さえて固定した状態でばねを決められた位置まで引き伸ばし、シリンジから手を離します。徐々にシリンジが動くと同時にばねが縮んでいくと思いますので、その様子を動画で撮影しましょう。このとき、ストップウォッチの時間を進ませておき、動画に写るようにします。以下は実際に撮影した動画の例です。
撮影した動画をゆっくり進ませながら、ばねの伸び量をストップウォッチからわかる経過時間に対して一定の間隔で記録していきましょう。模型全体に発生する力はばねの伸びに比例すると仮定できます。よって、ばねの伸び量の時間変化を追跡すれば、マクスウェルモデルに一定のひずみを与えた場合の力の応答の様子を知ることができます。
結果をみる前に、マクスウェルモデルに一定のひずみを加えた後の応力応答を、理論的に予測してみましょう。加えるひずみの大きさを、応力を経過時間の関数としてとします。また、弾性部分の弾性率と粘性部分の粘度をそれぞれとおきます。時間で変化する弾性部分のひずみをとしてフックの法則を適用すると、
が成り立ちます。粘性部分については、そのひずみをとしてニュートンの粘性法則を適用すると、
が成り立ちます。全体のひずみはとなるので、この両辺を微分したものは、
となります。よって、
の関係が得られます。このような、ある関数とその微分の関係を表す方程式を微分方程式といいます。微分方程式からもとの関数を求めることを「微分方程式を解く」といいます。厳密な解き方は大学の授業で習いますが、今回登場した微分方程式はとても簡単な形をしているので、簡易的に解を考えてみましょう。式をみると、を微分しても(負号や係数がつきますが)同じ形の関数になる、という特徴が見て取れます。微分しても同じ型になる関数として(はなんらかの定数)の形の関数がありますね。この両辺を微分するととなり、これは上の微分方程式と同様です。そこから、
が推測できます。においてモデルに与えたひずみはすべて弾性部分のひずみになっていることから、すなわちとわかるので、最終的に応力の時間応答として、
という数式が導かれました。
模型の実験で実際に得られた応力応答の図を下に示します。実験上の誤差はあるものの、理論的に予測されたとおり指数関数的に減衰していく挙動が確かに確認できました。ばねが弾性部分、シリンジが粘性部分としてはたらいていると考えられます。こうした減衰挙動のことを、粘弾性の分野では「緩和」と呼びます。式をみると、弾性と粘性の寄与の比が緩和の速さを決めていることがわかります。発展的な実験として、ばねとシリンジの種類を変えて緩和の速さの違いを確認してみるのも良いかもしれません。
※今回応力の計算にはシリンジ内部の断面積を用いました。
「レオロジー」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。レオロジーは、物体の変形・流動を研究する学問分野です。レオロジーでは、観測する条件や時間スケールが異なるときの物体の変形や流動の振る舞いを、粘弾性や非ニュートン性の観点でより深く考察します。学問分野というと難しく感じられますが、前述のようにレオロジーが対象とする現象はとても身近にあります。レオロジー(rheology)という言葉は、"panta rhei "「万物は流転する」という古代ギリシアの哲学的格言に由来するといわれています。まさに粘弾性を表すのにピッタリですね。学問としてだけでなく、材料の研究開発においても大変重要です。今回調べたような粘弾性挙動を顕著に示す物質として、たとえばポリマー(高分子からなるプラスチックの原料)があります。高分子は多数の低分子(モノマー)が長くつながってできた鎖のような物質です。鎖が絡み合うことで弾性を発現しつつも、個々では活発に熱運動をしているため粘性体としての性質も同時に示すのです。昨今、環境負荷の低い手法で製造できるポリマーや生分解性ポリマーなどの実現が求められていますが、強度や耐久性など優れた力学特性を付与するために、粘弾性の理解は欠かせません。本記事を読んで、世の中に役立つ粘弾性物質の研究開発に興味を持つ方がいらっしゃれば、とてもうれしく思います。
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