量子化学計算を行うことで物質の電子状態を予測することができ、物質の物性(安定構造やエネルギー、構成する原子の電荷、振動状態、NMRスペクトルなど)を解析することができます。そのため、化学反応の反応メカニズムの解明や医薬品開発などにおいて量子化学計算の果たす役割が非常に大きくなってきています。この背景には量子化学計算の精度が高くなってきているということや、大学や企業において計算資源が整ってきたこと、コンピュータの性能が向上したことが考えられます[1]。そのため、今ではパソコンがあれば誰でも量子化学計算を行うことができるようになっているのです!
今回は、量子化学計算を実際に体験してみるということを目的としたため、計算対象には構造が簡単なフェノールを選びました。使用する計算ソフトウェアは、有償・無償含め様々ありますが、webブラウザ上で量子化学計算が行える“WebMO”というサービスを利用します。ゲスト利用に限り、計算時間の制限がありますが、非常に有名なGaussianなどの計算パッケージを使用することができます。(Gaussianは有償ソフトウェアですがサイエンスの幅広い分野で利用されている計算パッケージです。)
それでは、以下の手順を参考にフェノールの量子化学計算を行い、化学反応の例として、求電子置換反応がベンゼン環のどの部位で起こりやすいか予測してみましょう!
求電子置換反応はベンゼンの一置換体にハロゲンやニトロ基、スルホン酸基などを導入すると、オルトおよびパラ誘導体が主成分になる場合とメタ誘導体を主成分になる場合があります。この配向性の違いはベンゼンに導入されている置換基が電子供与性か電子吸引性かによって決まります。フェノール場合、ヒドロキシ基は電子供与性なので求電子置換反応による生成物はオルト誘導体またはパラ誘導体になります。
それでは、フェノールの量子化学計算結果をもとにオルトパラ配向性を予測してみます。
“Molecular Orbitals”の計算結果を開き、画面をスクロールしていくと“Partial Charges”の項目があります。虫眼鏡マークをクリックすると以下のように各原子の上に電荷の値が表示されます。ベンゼン環の炭素原子の数値に着目すると、オルト位とパラ位の値がメタ位に比べてマイナスに大きいことが分かります。すなわち、オルトパラ位で求電子置換反応が起こりやすいと予測することができます。
“Molecular Orbitals”の計算結果を開き、画面をスクロールしていくと“Molecular Orbitals”の項目があります。表の“Occupancy”が0になる前の軌道(ここでは25番目)の虫眼鏡マークをクリックすると、フェノールのHOMOが描画されます。フェノールのオルトパラ配向性を、HOMOとLUMO(最低空軌道)が化学反応に重要であるとするフロンティア軌道論に基づいて考察してみます。ベンゼン環のそれぞれの炭素における軌道の広がりを比較すると、パラ位が最も大きく、次にオルト位、メタ位は最も小さいということが分かります。軌道の広がり大きい、すなわち電子密度が高いと考えることができ、求電子置換反応がオルトパラ配向性を示すと予測できます。
量子化学計算を行うことで分子の反応性を予測できることを体験しましたが、他にもここで紹介していない様々な物性を予測することができます。今回使用した“WebMO”はゲスト利用しており計算時間に制限があるため、大きな分子の計算は難しいです。量子化学計算に興味がある方は、パソコンの性能に依存しますが、無償で利用可能な“GAMESS”を試してみるのもいいかもしれません。
[1] 川内 進, 身近になった量子化学計算, 繊維学会誌, 2007, 63 巻, 3 号, P-67-P-70
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