トップページ > おもしろ科学実験室(工学のふしぎな世界) > 量子化学計算にチャレンジしてみよう!

おもしろ科学実験室(工学のふしぎな世界)

量子化学計算にチャレンジしてみよう!

2022年12月9日
金沢大学 物質化学類

はじめに

 量子化学計算を行うことで物質の電子状態を予測することができ、物質の物性(安定構造やエネルギー、構成する原子の電荷、振動状態、NMRスペクトルなど)を解析することができます。そのため、化学反応の反応メカニズムの解明や医薬品開発などにおいて量子化学計算の果たす役割が非常に大きくなってきています。この背景には量子化学計算の精度が高くなってきているということや、大学や企業において計算資源が整ってきたこと、コンピュータの性能が向上したことが考えられます[1]。そのため、今ではパソコンがあれば誰でも量子化学計算を行うことができるようになっているのです!

 今回は、量子化学計算を実際に体験してみるということを目的としたため、計算対象には構造が簡単なフェノールを選びました。使用する計算ソフトウェアは、有償・無償含め様々ありますが、webブラウザ上で量子化学計算が行える“WebMO”というサービスを利用します。ゲスト利用に限り、計算時間の制限がありますが、非常に有名なGaussianなどの計算パッケージを使用することができます。(Gaussianは有償ソフトウェアですがサイエンスの幅広い分野で利用されている計算パッケージです。)

 それでは、以下の手順を参考にフェノールの量子化学計算を行い、化学反応の例として、求電子置換反応がベンゼン環のどの部位で起こりやすいか予測してみましょう!

準備するもの

  1. インターネットに接続できるパソコン

手順

  1. 下記Linkにアクセスしてユーザー名・パスワードをそれぞれ入力してログインします。
  2. 赤枠の“New Job” > “Create New Job”をクリックして計算したい化合物を描画します。“Build” > “Fragment” > “Rings” > “Benzene”を選択するとベンゼン環を挿入できます。BuildからOを選択しベンゼン環のH原子をクリックすることでO原子に置換します。“Cleanup” > “Comprehensive – Idealized”を選択すると足りないH原子が自動で挿入され、さらに構造をある程度整えることができます。右下の矢印を押して次に進みます。
  3. 計算ソフトウェアを選択する画面では“Gaussian”を選択します。次に計算方法を指定します。“構造最適化(Geometry Optimization)”を選択し、計算理論は“Hartree-Fock”、基底関数は“3-21G”を選択します。右下矢印を押すと計算が実行されます。
  4. 次に最適化した構造を用いて分子軌道の可視化するところまで計算を行ってみます。下図のようにStatusがCompleteになれば虫眼鏡のアイコンをクリックします。“New Job Using This Geometry”を選択し、手順(3)の画像のところまで矢印を押して進めます。分子軌道を可視化したいので、“Calculation”を“Molecular Orbitals”に、基底関数を“6-31G(d)”に変更し再度計算を行います。

結果の確認

 求電子置換反応はベンゼンの一置換体にハロゲンやニトロ基、スルホン酸基などを導入すると、オルトおよびパラ誘導体が主成分になる場合とメタ誘導体を主成分になる場合があります。この配向性の違いはベンゼンに導入されている置換基が電子供与性か電子吸引性かによって決まります。フェノール場合、ヒドロキシ基は電子供与性なので求電子置換反応による生成物はオルト誘導体またはパラ誘導体になります。

 それでは、フェノールの量子化学計算結果をもとにオルトパラ配向性を予測してみます。

①部分電荷から考察

“Molecular Orbitals”の計算結果を開き、画面をスクロールしていくと“Partial Charges”の項目があります。虫眼鏡マークをクリックすると以下のように各原子の上に電荷の値が表示されます。ベンゼン環の炭素原子の数値に着目すると、オルト位とパラ位の値がメタ位に比べてマイナスに大きいことが分かります。すなわち、オルトパラ位で求電子置換反応が起こりやすいと予測することができます。

②HOMO(最高被占軌道)から考察

“Molecular Orbitals”の計算結果を開き、画面をスクロールしていくと“Molecular Orbitals”の項目があります。表の“Occupancy”が0になる前の軌道(ここでは25番目)の虫眼鏡マークをクリックすると、フェノールのHOMOが描画されます。フェノールのオルトパラ配向性を、HOMOとLUMO(最低空軌道)が化学反応に重要であるとするフロンティア軌道論に基づいて考察してみます。ベンゼン環のそれぞれの炭素における軌道の広がりを比較すると、パラ位が最も大きく、次にオルト位、メタ位は最も小さいということが分かります。軌道の広がり大きい、すなわち電子密度が高いと考えることができ、求電子置換反応がオルトパラ配向性を示すと予測できます。

おわりに

 量子化学計算を行うことで分子の反応性を予測できることを体験しましたが、他にもここで紹介していない様々な物性を予測することができます。今回使用した“WebMO”はゲスト利用しており計算時間に制限があるため、大きな分子の計算は難しいです。量子化学計算に興味がある方は、パソコンの性能に依存しますが、無償で利用可能な“GAMESS”を試してみるのもいいかもしれません。

参考文献

[1] 川内 進, 身近になった量子化学計算, 繊維学会誌, 2007, 63 巻, 3 号, P-67-P-70

※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。

関連記事

2018-08-24

輝く工学女子!(Tech ☆ Style)

仲間と切磋琢磨しあい成長できる環境

富山大学工学部

2020-02-21

環境への取り組み

持続可能な開発目標を支える機能材料の開発と工学教育

新潟大学工学部

2021-03-19

工学ホットニュース

ダイヤモンドへの量子テレポーテーション~量子計算、量子通信から量子インターネットへの飛躍~

横浜国立大学理工学部

2024-09-06

工学ホットニュース

人工知能を用いた量子化学計算の高速化

京都工芸繊維大学工芸科学部

2021-09-24

輝く工学女子!(Tech ☆ Style)

【vol.95】面白いことをとことんやってみる

東京農工大学工学部

2017-10-13

輝く工学女子!(Tech ☆ Style)

好きなことに取り組める大学生活

静岡大学工学部

金沢大学
理工学域

  • 数物科学類
  • 物質化学類
  • 機械工学類
  • フロンティア工学類
  • 電子情報通信学類
  • 地球社会基盤学類
  • 生命理工学類

学校記事一覧

おもしろ科学実験室(工学のふしぎな世界)
バックナンバー

このサイトは、国立大学55工学系学部長会議が運営しています。
(>>会員用ページ)
私たちが考える未来/地球を救う科学技術の定義 現在、環境問題や枯渇資源問題など、さまざまな問題に直面しています。
これまでもわたしたちの生活を身近に支えてきた”工学” が、これから直面する問題を解決するために重要な役割を担っていると考えます。