日常的に日本語以外を使う機会が少ない日本社会において、英語で話す能力を強化することは容易ではありません。この問題を解決し、現在よりも高い英語力を持つ人材を育成するためには、限られた時間内で最大の学習効果をあげられる、科学的なエビデンスに裏付けられた効率の良い学習・指導法が必要だと私は考えます。そこで当研究室では、行動実験および神経科学実験を通して、外国語発話時の処理メカニズムとそれに関わる神経基盤を明らかにすることを目指し研究を進めています。これまでの研究の具体例として、磁気共鳴画像装置(MRI)を利用した実験研究があります。MRIと聞いて思い浮かぶのはおそらく医療現場での検査であり、外国語コミュニケーション研究への利用といわれてもピンとこないかもしれません。ここでは、私が過去に取り組んだ機能的磁気共鳴画像法 (functional MRI、fMRI)を利用した研究の一つを簡単に紹介します。
子供の母語習得において、他者との社会的なやりとり(インタラクション)は重要な役割を果たします。同様に、大人が外国語で発話する能力を強化する際にも他者とのやりとりを通した学習が有効だと考えられます。実際、外国語教育の現場では、生徒が教師とやりとりをする場面が多くみられます。教師による承認や拒否という社会的信号が脳内でどのように処理されているかを検討するため、fMRI実験を行ないました。
実験では、英語教師と生徒のやりとりを模した擬似的なコミュニケーション課題を用いました。実験参加者はまず、MRI装置内で疑似英単語を音読しました。続いて、その音読を聞いた教師が発音を評価し、実験参加者に対してジェスチャー(頷き、首振り、静止)または書き言葉(“GOOD”, “BAD”, “SOSO”)でフィードバックをしました。最後に、実験参加者は教師のフィードバック(評価)を視聴した直後の気分を7段階(1. 全く嬉しくない ~ 7. とても嬉しい)で評定しました。本実験では、他者(コンピュータ)が音読して教師に評価される様子を視聴して実験参加者が気分を評定する、という対照条件を設けました。この課題を繰り返し、行動データ(気分評定値)およびフィードバック視聴時の脳活動の解析を行いました。
実験の結果、教師からポジティブな反応(頷き・“GOOD”)があったときに気分評定値は有意に上昇し、ネガティブな反応(首振り・“BAD”)があったときには低下しました。ポジティブ・ネガティブのいずれにおいても、コンピュータではなく実験参加者自身の音読に対する教師の反応のほうが気分評定値は高い、つまり「嬉しい」と感じられることも示されました。また、他者ではなく自分が音読しているときには「自他の区別」に関わるといわれている内側前頭前野という脳領域が賦活しました。このほか、ポジティブ反応では右の一次視覚野、ネガティブ反応では左の一次視覚野で活動がみられ、一次視覚野で社会的な信号の価値が評価されている可能性が示唆されました。さらに、自己の行動(ここでは疑似英単語の音読)に随伴した反応があった後にのみ、一次視覚野から一次運動野への結合が強くなり、これが内側前頭前野により調整されていることが明らかになりました (Nakagawa et al., 2021, Neuroimage)。
他人ではなく、あくまでも自分の行動に対して教師の反応という社会的な信号が結びついたとき、人は嬉しいと感じていました。そしてこのときに視覚野との結合が強くなる領域は、一次運動野のなかでも、手や足の運動ではなく口の運動と関わると言われている脳領域でした。口の運動は「発話」とも密接に関わっていることをふまえると、他者の反応によって外国語での発話技能が強化される可能性があるのではないかと私は考えています。この結果をふまえ、聞き手の反応によって外国語学習が促進される可能性を検討するため、引き続き研究を続けていきます。
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