高分子ゲルとは、高分子網目の3次元ネットワークが溶媒を含んで膨潤した物質です。この時の溶媒が水であればハイドロゲル、有機溶媒(エタノールやベンゼンなど)の場合はオルガノゲルと呼びます。ハイドロゲルの例では、ソフトコンタクトレンズ、タピオカやこんにゃくが該当し、私たちの生活の身近にあるものにも多数使用されています。
また、ハイドロゲルは、生物と密接な関係にあります。例えば、人間の骨や歯などの “硬い組織 (硬組織)”を除いた臓器や軟骨、眼球などの“柔らかい組織(軟組織)”は、多量の水を含んだ組織です。これは、ハイドロゲルと捉えることができます。つまり我々の体を構成する組織の多くは、ハイドロゲルでできているというわけです。このような特徴を有するためハイドロゲルは、細胞培養足場やドラッグデリバリーシステム用担体などの医療用材料としての応用研究が盛んに行われています。
そこで今回は、最も“身近な材料”であるハイドロゲルの合成と機能について観察し、どのような“条件”で機能が発現するかを実験していきましょう。
ハイドロゲルの作製
2.267gのNIPAmと92mgのN,N’-メチレンビスアクリルアミドを10mLの水に溶かし、90μLのN,N,N’N,’-テトラメチルエチレンジアミンを加えます。その後、作製した混合水溶液を氷浴中で十分冷却します。冷えた水溶液に45mgの過硫酸アンモニウムを加えたら素早く溶かし、作製した水溶液をシャーレの中に流し入れます。水溶液入りのシャーレを静置しておくと、中身が水溶液から流動性の失われたハイドロゲルへ変化します。この時、反応溶液は氷浴または冷蔵庫などで冷却するようにし、白濁したハイドロゲルにならない様に注意してください。
また、比較実験としてNIPAmの代わりにAAmを利用した実験も実施します。AAmハイドロゲルは、NIPAmの代わりにAAmを8.5g加えることで合成することができます。
ハイドロゲルの成型
合成したハイドロゲルは、カッターの刃などで好きな形に成型することができます(写真1)。今回は見分けがつきやすい様に長方形(ポリNIPAmゲル)と盾型(ポリAAmゲル)に成型してみました。
ハイドロゲルの機能の違い
作製した2つのハイドロゲルを冷水(4℃)と 温水(40℃)に浸し、ハイドロゲルに現れる変化を観察してみましょう。ポリAAmゲルでは、冷水と温水のいずれに浸しても大きな変化は観察できません(写真2)。
しかし、ポリNIPAmゲルでは違いが現れました。ポリNIPAmゲルでは冷水に浸した場合には透明な状態であるのに対し、温水に浸した場合には白濁することが確認できます。また、温水に浸したポリNIPAmゲルをもう一度冷水に浸したところ、再び透明な状態に変化しました。その後、冷水の中で透明な状態であるゲルを温水に浸すことでゲルが白濁することを確認できます(写真3)。この実験結果から、ポリNIPAmゲルの状態(透明と白濁)は、ゲルが存在する環境の温度により繰り返し変化することが予想されます。このような存在環境の温度に対して変化を示すゲルを“温度応答性ゲル”と呼びます。つまり、ポリNIPAmゲルは温度応答性ゲルですが、ポリAAmは存在する環境の温度に対しては変化が見られないので温度応答性ゲルでは無いことがわかります。この違いについては、解説の欄にて説明します。
紙オムツの吸水剤として利用されているポリアクリル酸ゲルはポリNIPAmゲルの様な温度応答性を示しませんが、極めて多くの水を内包することが可能です。そのため、合成した直後のポリアクリル酸ゲルを水に浸漬すると大きく膨潤します(写真4)。
ここで紹介したポリNIPAm、ポリAAmおよびポリアクリル酸の分子構造を見てみると、高分子の主鎖骨格は同一で側鎖の官能基のみが異なっていることがわかります(写真5)。
ハイドロゲルは高分子網目の3次元ネットワークが水を含んで膨潤した物質であり、その特性は高分子の分子構造に影響を受けることが知られています。そのため、水を取り込み“大きく膨潤するポリアクリル酸ゲル”と“大きな変化を示さないポリAAmゲル”の高分子構造を比較した場合、水分子との水素結合を形成しやすいカルボキシル基を備えたポリアクリル酸ゲルが大きく膨潤する結果となったわけです。また、特徴的な機能(温度応答性)を発現したポリNIPAmゲルでは、親水基として機能するアミド基と疎水基として機能するイソプロピル基の両方を側鎖官能基の中に有しています。水分子と高分子鎖の間で生じる水素結合は低温下で強く作用し、高温下では弱くなります。そのため、ポリNIPAmは低温条件下(4℃)ではアミド基と水分子が水素結合を形成(水和)することで親水的性質を示す一方、水素結合を形成しにくくなる高温下(40℃)ではイソプロピル基の性質が強まることで疎水的な高分子として存在します。この疎水的性質が強く発現するために、水中で高分子同士が凝集(脱水和)することでハイドロゲルが白濁したというわけです(写真6)。
このように興味深い機能を発現するポリNIPAmゲルは、医療用材料としての応用が進められています。特に、ガン組織や炎症組織などの標的組織での薬物放出量をコントロールする手法であるドラッグデリバリーシステムにおいて熱をトリガーとする薬物担持担体用の素材として注目されています。また、体温に近い温度域(37℃前後)で疎水的性質と親水的性質を可逆的に変化させることが可能であるため、細胞培養のための足場としての利用が研究されています。これまでは細胞培養後にタンパク質分解酵素を用いて培養足場と細胞の間の接着を切断していました。しかしこの方法では分解酵素により細胞自体を傷つけてしまうことや重要なタンパク質が分解されてしまう問題があります。その一方、ポリNIPAmゲルを細胞培養足場として用いることで細胞と培養足場の接着を切断するためのタンパク質分解酵素による処理が不要となり、体温付近における温度変化のみで細胞組織にダメージを与えることなく回収することが可能となりました。そのため、培養した細胞の性質を最大限維持したまま細胞シートを回収することが可能となります。
我々は、身近な材料、医療機器(コンタクトレンズなど)や食べ物など、普段何気なく使用しているものの中にも優れたハイドロゲルの機能が利用されているかもしれません。
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