磁石は身近にあるもので、冷蔵庫のドアを閉めたときの固定や、その扉にメモを張ったりするとき、また、方位磁針やモーター、スピーカー、ハードディスクにも用いられています。また、磁石については小学校の理科で学び始め、中学・高校・大学でも理科や物理などで学びます。この磁石にくっつく物質は少なく、代表的なものとして鉄があります。一方で、プラスチックや木材、鉄と同じ金属でもアルミニウムや銅は磁石にはくっつきません。この磁石にくっつかない物質と磁石の間で力が働くでしょうか?もちろんくっつかないので止まった状態では力は働きません。では、動いている状態ではどうでしょう?
磁石にくっつかない材質でできた板を斜めに置いて、その上にネオジム磁石のような非常に強力な永久磁石をおいて、滑らせてみましょう。板の材質によって滑り落ち方は変わるでしょうか?また、磁石と同程度の大きさ・重さの鉄片を滑らせた時と比べてみましょう。
それぞれの板を磁石や鉄片が滑り落ちる程度の角度で斜めに置き、その板の上に鉄片や磁石を静かにおいて滑らせ、その滑り落ちる速さを比較してみましょう。鉄片の場合、滑り落ちる様子(速さ)は板の材質にはほとんど依存せず、同じように滑り落ちていきます。一方、ネオジム磁石の場合、アクリル板では鉄片とほとんど変わりません。それに比べると、アルミニウム板や銅板の場合、ネオジム磁石の落ち方がゆっくりになります。
金属製でないメジャーとビデオカメラ(スマートフォンでもOK)があれば、板の上に磁石が滑り落ちる方向に沿ってメジャーを貼りつけ、ネオジム磁石が滑り落ちる様子を撮影してみましょう。撮影したビデオ画像から、ネオジム磁石が滑り落ちる平均速度を評価してみましょう。
銅板中央にメジャーを張り付け、傾けて設置した状態。アクリル・アルミニウム・銅の3種の板を同様に設置し、その板状を滑り落ちるネオジム磁石の運動を観察する。
アクリル板上を滑り落ちるフェライト磁石(鉄片の代わり)とネオジム磁石。家庭用ビデオカメラ(フレームレート30 fps)で撮影。両磁石の滑り落ちる速さは大体同じ。
アクリル板上を滑り落ちるネオジム磁石のフレーム間隔(1/30 秒)での平均速度。
滑り落ちる速さが大きく、磁石の像がぼけていますが、磁石像端の位置を測り、フレーム間の時間(1/30秒)から、フレーム間の磁石の平均速度が求まります。
アルミニウム板と銅板を滑り落ちるネオジム磁石の5秒間の平均速度。アクリル板に比べるとどちらの場合もネオジム磁石の滑り落ちる速さは大幅に小さくなりました。
また、アルミニウム板よりも銅板のほうが滑り落ちる速さは小さくなりました。
アルミニウム板や銅板では、磁石の落ち方がゆっくりになりました。つまり、磁石が動いている場合は、磁石に力が働いているということです。これは渦電流ブレーキという現象です。アルミニウムや銅は磁石にはくっつきませんが、金属なので電流は流れます。この金属の上に磁石を置くと磁石から出る磁力線が金属板を貫きます。N極を下にして磁石を動かすと、その前方では金属板を貫く磁束が増加し、後方では減少します(a)。この磁束の増加/減少を打ち消す方向に磁場を生成するように金属中に渦電流が生じます(電磁誘導, b)。この磁場が小磁石によって生じたものとして考えると、金属板の上面の磁石前方はN極となり、移動する磁石と同極なので磁石には反発力が働きます。一方、磁石後方では逆向きの磁場が生じるので金属上面がS極となり、磁石とは異なる極なので磁石には引力が働きます。これらの力の方向は磁石が動く方向と逆方向なので、磁石に対して制動力(ブレーキ)が働きます (c)。この結果、アルミニウム板や銅板上を滑り落ちる磁石の速さはアクリル板の場合と比べて小さくなるわけです。
では、同じ金属であるアルミニウムと銅で比較するとどうでしょう?磁石の移動による磁束の変化を打ち消すように誘導電場が誘起され、渦電流が流れる原理は同じですが、アルミニウムと銅では電気抵抗が異なります。アルミニウムの方が、抵抗値が大きいため、電流が流れにくく、このため生じる誘導磁場も弱くなります。この結果、アルミニウムの方が、制動力が弱く、滑り落ちる速さは大きくなります。
この渦電流ブレーキは、トラックやバス、電車、ローラーコースター、自由落下式アトラクションの制動装置として利用されています。
また、電磁誘導で生じる渦電流は、電磁調理器(IH: Induction Heating)にも用いられています。
電磁調理器のプレートの下には渦巻き状の磁場発生コイルがあり、これに交流電流を流すと、磁場が発生し、その向きは交流周期に応じて変化します。この変化を打ち消すように、金属の鍋の底に渦電流が生じます。この渦電流と鍋材の電気抵抗によりジュール熱が生じ、鍋底が加熱されるという仕組みです。
渦電流が流れ、有限の抵抗値を持つ物質ならば原理的には加熱することができます。単位体積当たりのジュール熱は、電流密度の2乗×抵抗率で決まります。よって、同じ大きさの渦電流が生じた場合、抵抗率が大きい材質の方が大きなジュール熱が発生します。鉄の抵抗率はアルミニウムや銅の抵抗率の5倍程度です。このため、鉄鍋の方が加熱効率は高くなります。
発展内容:渦電流は鍋底全体でなく、その表面にのみ局在化します(表皮効果)。この渦電流が局在する厚さ(表皮厚)は、磁石にくっつかないアルミニウムや銅よりも、鉄のような強磁性体(磁石がくっつく特性を持つ物質)の方が小さくなり、局所的に電流が大きくなるため、同じ電流を鍋底の厚み方向全体に一様に流した場合よりも、ジュール熱は大きくなります(電流密度の2乗で効くため)。したがって、電磁調理器では、鉄のような磁石にくっつく材質でできた鍋を用いた方が加熱効率は良く、逆にくっつかないアルミニウムや銅では効率が悪くなります。このため、アルミニウムや銅の鍋は電磁調理器での調理には使えませんでした。しかし、近年では、交流周波数を高めることで、表皮厚を小さくし、アルミニウム製や銅製の鍋でも使えるオールメタル対応の電磁調理器も市販されるようになっています。
鍋に水を入れて電磁調理器にのせ、その周囲を囲むようにアルミ箔を置きます。また、アルミ箔浮遊の邪魔にならないように電球とケーブルは鍋の外縁下部にとりつけました。この状態で調理器のスイッチを入れます。すると、調理器内のコイルで発生する高周波で向きを変える磁場が、鍋底やアルミ箔、閉ループ回路に渦電流を発生させます。この電流によってLEDが点灯します。また渦電流で生じた磁場とコイルで印加される磁場との間の反発力でアルミ箔が浮遊します。スイッチを切ると、アルミ箔は調理器上に落ち、LEDの明かりも消えます。
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