化学発光はケミルミネッセンス (chemiluminescence) とも呼ばれ、化学反応により生じたエネルギーが光として放出される現象です。化学発光のほとんどに酸化反応が関わっており、酸化によって生成した過酸化物の分解の際に生じる化学エネルギーが蛍光物質の励起状態(分子内の電子が励起したエネルギーの高い状態)を生じてその蛍光を放ちます。励起される蛍光物質の種類に応じて様々な色の発光が観察されます。物質によってはリン光と呼ばれる光を放つこともあります。このような発光を伴う酸化反応は、ホタルをはじめとする多種類の生物でも行われており、生物がつくる特殊な化合物が酵素の働きで空気中の酸素と反応してその生物特有の蛍光色を発します。この生物発光(バイオルミネッセンス:bioluminescence)と呼ばれる発光を、生物たちは生殖、捕食、捕食者からの防御など、生きるための様々な営みに活用しています。
化学発光で特に有名なものには、血液などの鑑識に利用されているルミノール発光(ルミノール反応ともいう)、花火大会などの夜店で売られている光る腕輪などに使われている過シュウ酸エステル化学発光があります。本項では、このふたつの化学発光の実験について解説します。また、少々専門的になりますが、化学発光のメカニズムについても説明します。
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※過硫酸カリウム、炭酸カリウムの代わりに、フェリシアン化カリウムK3[Fe(CN)6]、水酸化ナトリウムの組み合わせも可能です。
ルミノール0.25gと炭酸カリウム水溶液1gを水50mlに溶かしてルミノール溶液をつくります。別に過流酸カリウム 1gと30% 過酸化水素水0.8ml を50mlの水に溶かして酸化剤溶液とします(図1)。
暗所でふたつの溶液を混合すると青白い発光が観察できます(図2)。発光はそれほど強くないので明るい場所ではあまり効果が得られません。
発光が終わってから発光液に紫外線を照射してみましょう。発光と同様の青い蛍光が見られ、反応によって新しく蛍光物質が生成していることがわかります。
発光している溶液にごく少量(耳かき半分くらい)のフルオロセインを加えて発光を見てみましょう(図3)。ルミノールの量が少ないのでフルオロセインはごく少量で十分です。また、別のルミノール発光液にごく少量のローダミンB加えて変化を観察しましょう(図4)。ローダミンBの量が多すぎないように注意してください。
三つの発光液をならべると発光色の変化がよくわかります(図5)。いずれもルミノールの酸化により発光していますが、励起される蛍光物質が異なるため発光色が異なります。
TCPO 1 g をテトラヒドロフラン (THF)80mlに溶解し、これを20mlずつ4つの三角フラスコなどに分けます。それぞれのTCPO溶液に耳かき1杯程度の蛍光剤を加えて溶かします。ただし、9,10-ジフェニルアントラセンは少し多めの方がうまくいきます。
これらの溶液に紫外線を照射するとそれぞれの蛍光が観察されます(図6)。
次に、それぞれのTCPO、蛍光剤の混合溶液に10%過酸化水素水5mlを加えると発光が始まります(図7)。
それぞれの発光液を混ぜてみるのも楽しいかもしれません(図8)。
※過シュウ酸エステル化学発光は市販のキットも利用できます。
※ルミノール発光や過シュウ酸エステル化学発光で生じた反応液を流しに捨ててはいけません。処理業者に委託しましょう。
ルミノール発光と過シュウ酸エステル化学発光は同じ化学発光でもしくみは異なります。ルミノール発光では、化学反応によりルミノールが酸化されて分解し、エネルギーの高い状態(励起状態)の3-アミノフタル酸が生じますが、この3-アミノフタル酸はアルカリ性では蛍光性の陰イオン(正確には3-アミノフタル酸のジアニオン)として存在し、その蛍光がルミノール発光の青白い光として観測されます(図9)。ルミノール発光は、血液の鑑識にも利用されることで有名ですが、血液中に存在する鉄イオンを含むヘムが触媒となって発光が観察されることで対象物が血液である可能性を示します。発光反応は非常に鋭敏なのでわずかな血痕でも識別できますが、血痕でなくてもルミノール反応で陽性になることがあるので、陽性となった場合には血液型などを決めるなど他の試験を組み合わせて確定します。このほか、この発光を利用して血液中の成分の医学的検査など多方面の分析に利用されています。
一方、フルオロセインやローダミンBを加えて発光色が変化するのは、励起状態の3-アミノフタル酸イオンのエネルギーがこれらの蛍光剤に移動してフルオロセインやローダミンBの励起状態を生じ、それらの蛍光が発せられたためです。蛍光には共鳴エネルギー移動(FRET:Foerster resonance energy transfer)という、ある物質の蛍光によって他の蛍光物質が励起され、後者の蛍光が観察されるという現象があります。この実験で観察された発光色の変化はFRETとよく似た現象ですが、化学発光によってエネルギー供給源(3-アミノフタル酸イオン)の励起状態が生じ、そのエネルギーがフルオロセインやローダミンBを励起しているので、化学発光共鳴エネルギー移動(CRET:Chemiluminescence resonance energy transfer)ということがあります。このような現象が起こるためには、エネルギー源となる蛍光あるいは化学発光のスペクトルとエネルギーを受け取る蛍光物質の吸収(励起)スペクトルが充分に重なることが必要です。したがって、ルミノール発光でこの現象を起こすためには3-アミノフタル酸イオンの蛍光と(部分的に)重なる吸収スペクトルをもち、かつその蛍光よりもエネルギーの低い蛍光色、すなわち波長の長い蛍光を持つものを加えることが必要です(虹の内側の色よりも外側の色)。フルオロセインやローダミンBはこの条件を満たす蛍光物質です。このようなFRETやCRETによる蛍光色の変化は自然界においてもたまに見られる現象です。2008年にノーベル化学賞を受賞された下村先生のオワンクラゲの発光物質研究の際に発見されたGFP (Green fluorescent protein:緑色蛍光性タンパク質)もFRETが関わっています。
一方、過シュウ酸エステル化学発光は加える蛍光剤によって発光色が決まります。この発光では、シュウ酸エステルが過酸化水素と反応して高エネルギー中間体である環状過酸化物が生成し、その分解の際に励起状態の蛍光剤が生じます(図10)。図に示したように、高エネルギー中間体は四員環(四角形)構造をもち、その結合角は90°でメタンなどの通常の炭素原子の結合角109°よりもだいぶ小さく、さらに並んだ二つの酸素原子上の電子の反発があってかなり歪んだ構造になっています(図11)。これが分解するとフェノールと二酸化炭素が生じますが、蛍光剤の化学構造には変化がありません。したがって、シュウ酸エステルと過酸化水素との反応はエネルギーを生じさせるためのもので、蛍光剤はそのエネルギーを受け取って発光する、というのが大雑把な説明です。したがって、加えた蛍光剤の種類によって様々な色の発光が可能になります。
花火大会などのイベントなどで売られている光る腕輪は、この過シュウ酸エステル化学発光が利用されており、ポリエチレンチューブの中にガラス管が入っていて、曲げるとガラス管が割れて二種の溶液が混ざって反応が始まり発光します。ただし、発光が強く持続するように反応溶媒やシュウ酸エステルの構造などが工夫されています。
過シュウ酸エステル化学発光のメカニズムは思いのほか複雑で、まだ不明の点もあり、世界の化学発光研究者が現在もその全容の解明に向けて取り組んでいるところです。この過シュウ酸エステル化学発光もルミノール発光と同様に、種々の化学物質の分析や病気の診断にも利用されつつあり、その発展が期待されています。
これらの化学発光に共通するのは、エネルギーの高い過酸化物が生成して、その分解によって励起状態の蛍光物質が生じて発光することです。この化学発光のメカニズムを適用してホタルの発光が化学の言葉で説明できます(図12)。図に示したように、アミノ酸などをもとにしてホタル体内でつくられたホタルルシフェリン (firefly luciferin) がアデノシン三リン酸 (ATP) と反応した後、酵素ルシフェラーゼの作用により空気中の酸素分子を使って四員環の環状過酸化物を生成し、二酸化炭素を放出して最終的にオキシルシフェリンという蛍光物質の励起状態を生じます。この蛍光が我々が見るホタルの光です。オキシルシフェリンを取り囲むアポタンパクの構造によって微妙な色合いの相違があります。さらにホタルイカやオワンクラゲの発光もホタルの発光と似たメカニズムで説明されています。
化学発光や生物発光は特殊な現象ですが、その美しい光はやさしく神秘的で見る者を魅了します。しかしながら、その光は非常に複雑な過程を経て放出されたものです。すでに化学発光や生物発光はいろいろな分野で利用されていますが、そのメカニズムをさらによく知ることができればさらに新しい活用法が考えられます。今後の分析化学や医療分野への貢献が期待されます。
化学反応で光る:化学発光(ケミルミネッセンス)のしくみ:本吉谷二郎、化学と教育、2006、55巻、1号、32-35.
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