図1 LH2運搬船「すいそ ふろんてぃあ」
図1 LH2運搬船「すいそ ふろんてぃあ」
2020年10月、日本政府は2050年までに二酸化炭素(CO2)の排出量を実質的にゼロにする、カーボンニュートラル(CN)の実現を目指すことを宣言しました。CO2を含む温室効果ガス(GHG)削減に基づく気候変動対策が、世界全体における喫緊の課題となっているからです。CNを実現するためには、太陽光・風力・水力・海流などの再生可能エネルギーを有効に利用することが最も重要です。このような一次エネルギーは地球全体に豊富に存在しますが、偏在していること、またエネルギー密度が小さいことから、二次エネルギーである「水素」へ大量に変換して海外より日本まで海上輸送することが必要不可欠です。「水素」は、酸素との化学反応時に水しか発生しない、究極のクリーンエネルギーとして良く知られています。
海外で製造された大量の「水素」を海上輸送する場合、貯蔵・輸送効率が高い「液体水素」(LH2:沸点20 K)の状態を活用することが期待されます。これは、「水素」を液化することにより体積が約1/800になるためです。海洋政策科学部では、LH2を海上輸送する基盤技術開発のひとつとして、新しい超伝導液面計の研究開発を実施し、国際水素サプライチェーンへの貢献を目指しています。
図2 LH2用超伝導MgB2液面センサー
現在、オーストラリアに埋蔵している褐炭(低品位な石炭で、水分や不純物が多い)をガス化・水素精製し(CO2回収・貯留を含む)、液体水素(LH2)の状態で日本(神戸空港島)へ海上輸送するプロジェクトが進んでいます。図1は、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)が所有する、LH2運搬船「すいそ ふろんてぃあ」です。HySTRAは、NEDOパイロット水素サプライチェーン実施事業の実施主体であり、2030年頃の商用化を目指した技術確立と実証に取り組んでいます。本船はパイロット実証船として、2019年1月に船体が起工され、12月に進水式が行われました。2020年10月に海上運転が実施され、最終仕上げ工事及び機器の調整等を経て、2022年2月末にオーストラリアから神戸空港島までLH2を海上輸送する、世界初の長距離海上輸送実証試験を終了しました。本船の主な概要は、全長116m、型幅19m、総トン数約8,000、ディーゼル電気推進方式、航海速力約13ノット、航続距離11,300海里、最大乗船定員25名、貨物(LH2)タンク容積1,250m3です。
貨物タンク用機器のひとつとして、LH2液面計が挙げられます。本船ではレーダー式が採用されていますが、液面計の測定精度や応答性の向上が求められています。そこで海洋政策科学部では、新しい電気抵抗式の超伝導MgB2(二ホウ化マグネシウム)液面センサーの研究開発を行っています。図2にLH2用超伝導MgB2液面センサーの写真を示します。図中のスケールの右横にあるのが、液面センサーです。このセンサーは、水素の液面以下では超伝導状態(電気抵抗ゼロ)、液面以上では常伝導状態(電気抵抗あり)を示すので、センサー全体の電気抵抗を測定することにより液面を検知することができます。これまでに高精度・高応答性の外部加熱型液面センサーの研究開発に成功するとともに、この液面センサーを内蔵した小型LH2容器を附属練習船「深江丸」に搭載して、LH2海上輸送実験に成功しました。図3に「深江丸」によるLH2海上輸送実験の写真を示します。現在、大型LH2タンクを想定した、液面センサーの長尺化・大型化の研究開発等が進められています。
国際海事機関(IMO)は、2018年4月に「GHG削減戦略」を打ち出して、海運全体のGHG排出量を2050年までに2008年比で50%削減し、今世紀中の可能な限り早期にゼロエミッションを目指すとしました。その後2019年12月、EUは欧州グリーンディールとして、2050年のGHGゼロエミッションを打ち出しています。このためIMOは、上記「GHG削減戦略」の前倒しを余儀なくされています。海運におけるゼロエミッション技術として、バイオ燃料、蓄電池、水素(燃料電池、内燃)、アンモニア(燃料電池、内燃)等が挙げられます。長距離運航船・大型船の燃料としては、LH2またはアンモニアが有利であると考えられています。海洋政策科学部では、これまでに培われてきた極低温・超伝導技術を活かして、LH2運搬船・燃料船のみならずLH2トラック・列車・飛行機等も対象として、関連する基盤技術等の研究開発を通して輸送分野のゼロエミッションに大きく貢献したいと考えています。具体的な研究テーマとして、LH2タンク内部におけるスロッシング(液面揺動)・ボイルオフ(沸騰蒸発)・気液二相流の解明、LH2流量計・移送ポンプ・再凝縮機・ローディングアームの研究開発等が挙げられます。
世界的なカーボンニュートラル社会を実現するためには、2050年のGHGゼロエミッションが喫緊の課題です。この課題をクリアするキーポイントは、再生可能エネルギー由来水素(グリーン水素)であると考えられます。海洋政策科学部では、得意とする海洋・再エネ・電気・水素の各分野におけるエキスパートを中心とした、「水素技術勉強会」を2022年3月に発足させて活動を始めました。「水素技術勉強会」は、水素の製造・貯蔵・輸送・利用に関する技術的課題を抽出するとともに、共同研究・受託研究等を通じて産官学コンソーシアムの構築を目指しています。国内の大学・研究機関・地方自治体・本省のみならず、EU域内の協定大学を中心とした国外の大学・研究機関との連携を視野に入れ、「水素技術勉強会」で得られた成果を大学における教育研究活動に最大限活かして行きます。
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