トップページ > 環境への取り組み > ギ酸を用いた二酸化炭素有効利用・再生可能エネルギー貯蔵輸送技術の開発

環境への取り組み

ギ酸を用いた二酸化炭素有効利用・再生可能エネルギー貯蔵輸送技術の開発

信越・北陸地区

2025年1月10日
信越・北陸地区

金沢大学理工研究域機械工学系
教授 辻口拓也

はじめに

 カーボンニュートラルの達成に向けて再生可能エネルギーの利用促進とCO2の有効利活用技術開発が、世界中で強く求められています。再生可能エネルギーは、時間に伴うエネルギーの変動(例:昼間と夜、晴れと曇り、強風と無風など)と需要と供給の地理的なミスマッチ(例:都会ではたくさんエネルギーを使うが、土地がないので大規模発電ができない)といった課題を抱えています。これらを解決するためには、再生可能エネルギーを電気ではなく、輸送や貯蔵に適した形に効率よく変換すること(物質)が求められています。私たちはこのような物質のひとつとして「ギ酸」に注目しています。ギ酸を用いたエネルギー変換の1例を図1に示します。ギ酸は常温常圧で液体の物質です。ですので、体積あたりに蓄えられるエネルギー量が大きく、ガソリンなどの燃料のように容易に輸送することができます。また、ギ酸はHCOOHという非常に簡単な化学構造をしていることから、太陽光そのものと、または、再生可能エネルギー由来の電気と、あるいはそれを用いて水電解で合成された水素とCO2を反応させて合成したり、廃棄物やバイオマスなどから合成したりすることができます。得られたギ酸から、水素を取り出して消費地で利用することもできますが、私たちの研究室では少ない変換工程でエネルギーを利用するために、得られたギ酸を燃料電池で直接利用する方法(直接ギ酸形燃料電池:Direct formic acid fuel cell; DFAFC)に注目しています。ギ酸から水素を取り出してもDFAFCで利用してもCO2が出てきますが、このCO2は再度ギ酸の合成に利用できるので、CO2は系外に排出されません。このように、再生可能エネルギーでギ酸をうまく合成・利用することで、CO2の有効利用と、再生可能エネルギーの輸送貯蔵の問題を解決することが期待できます。このような仕組みを確立するために、本研究室ではDFAFCの性能向上に関する研究を推進しています。

図1 ギ酸を用いたエネルギー貯蔵利用の例図1 ギ酸を用いたエネルギー貯蔵利用の例

DFAFCとその特徴

 ギ酸を含む液体燃料を改質無しで電極に直接供給する燃料電池は直接形燃料電池と呼ばれています。これらは一般的に、水素と酸素を用いる固体高分子形燃料電池の一種で、燃料極と空気極の間に固体高分子膜を使用します。ギ酸以外の代表的な直接形燃料電池として燃料にメタノールを用いる直接メタノール形燃料電池(DMFC)などがあり、DMFCは既に商品化されています。直接形電池は、取り扱いが容易で体積あたりにたくさんのエネルギーを貯蔵可能な液体燃料を使用できる利点がある反面、燃料極での酸化反応の遅さや、固体高分子膜を透過して空気極に到達した未反応燃料が直接酸化されること(クロスオーバー)による空気極の電位低下などにより出力が低いため、主に小型携帯用電源としての利用が想定されています。DFAFC はメタノールの6倍の出力密度が得られることが報告[1]されていて、直接形としては高出力が期待できる燃料電池として注目されています。一方で、水素を用いる固体高分子形燃料電池と比較すると、出力に改善の余地が大きいのが現状です。そのため、私たちの研究室では、様々な角度からDFAFCの出力向上に関する研究を推進しています。

本研究室で推進しているDFAFCの研究開発

 私たちの研究室で推進している研究開発の一例を図2にまとめました。DFAFCの出力向上に向けてどこに大きな損失因子があるかを調べた結果、燃料極のギ酸の酸化速度が遅いこと、燃料極のギ酸の輸送速度が遅いことが原因であることがわかりました[2]。そこで、燃料極のギ酸の酸化反応速度を促進できる新たな触媒の開発に成功し、従来の3倍程度の酸化反応速度が得られることがわかりました[3]。さらに、この触媒は「繊維」の形状をしています。触媒を電池に用いる際には、触媒を溶媒に分散させたインクを基材や電解質膜に塗布して、触媒層を形成させます。従来の粒子の触媒を用いた場合では、層を形成した際の空隙が小さいためにギ酸の供給が遅くなったり、排出されたCO2がギ酸の供給を邪魔したりすることがギ酸の輸送速度低下の一因となっていました。繊維の触媒を使用することで、この触媒層に適度な空隙をもたらすことができるため、ギ酸の供給速度を向上させることができます。また、粒子の触媒を用いた際にも触媒層に空隙を作るための「造孔材」を用いて電極(触媒層)を作製することで、ギ酸の輸送速度が向上することがわかりました[4]。これらの現象は、目で見ることはできませんので、シミュレーションやX線CTを用いた画像解析などにより、実際の事象を解明することにも取り組みました[5]。また、このような技術を基にして、実際の燃料電池システムを作製したりもしています。このように、本研究室では、「ナノ(10-9 )m」領域の触媒開発から、「マイクロ(10-6)m」領域の電極の多孔質特性制御、「ミリ〜センチ(10-3~10-2)m」のシミュレーション分析による物質輸送状況の可視化、「センチ〜メートル(10-2〜)m」のシステム開発まで、異なるサイズを対象とした(=マルチスケール)研究開発に取り組んでいます。将来的にはこの技術を社会実装することにより、ギ酸を身近なエネルギーにしたいと考えています。

図2 本研究室で実施しているDFAFCの研究開発事例図2 本研究室で実施しているDFAFCの研究開発事例

参考文献

[1]S.Ha,R.Larsen,Y.Zhu,R.I.Masel,Fuel Cells.4(2004)337–343.
[2]T.Tsujiguchi,F.Matsuoka,Y.Hokari,Y.Osaka,A.Kodama,Electrochim.Acta.197(2016)32–38
[3]F.A.L.Halim,Y.Osaka,A.Kodama,T.Tsujiguchi,International Journal of Hydrogen Energy48(2023),35753-35764.
[4]M.Miskan,M.Furuhashi,Y.Osaka,A.Kodama,T.Tsujiguchi,Journal of Power Sources565(2023),232911
[5]K.Watanabe,T.Araki,T.Tsujiguchi,G.Inoue,J.Electrochem.Soc.167(2020)134502

※このページに含まれる情報は、掲載時点のものになります。

金沢大学
理工学域

  • 数物科学類
  • 物質化学類
  • 機械工学類
  • フロンティア工学類
  • 電子情報通信学類
  • 地球社会基盤学類
  • 生命理工学類

学校記事一覧

環境への取り組み
バックナンバー

このサイトは、国立大学56工学系学部長会議が運営しています。
(>>会員用ページ)
私たちが考える未来/地球を救う科学技術の定義 現在、環境問題や枯渇資源問題など、さまざまな問題に直面しています。
これまでもわたしたちの生活を身近に支えてきた”工学” が、これから直面する問題を解決するために重要な役割を担っていると考えます。