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環境への取り組み

環境から見た研究の取り組み紹介

関西地区

2020年7月10日
関西地区

神戸大学大学院海事科学研究科
笹 健児

写真-1 実験対象船(28,000DWTばら積み船)写真-1 実験対象船(28,000DWTばら積み船)

 神戸大学海事科学研究科では2008年度より4年間にわたり「輸送の三原則を統合した国際海上輸送システム創出の研究」と題した研究プロジェクトが文部科学省特別研究推進として採択され、研究当初の理念としては以下のとおりであった。

「神戸大学は、海に開かれた国際性豊かな総合大学として発展することを目標とし、地球環境の保全と持続可能な社会の創造に全力で取り組んでいる。現在、海の国際的研究教育拠点の構築を目指す大型の「海に関する総合プロジェクト」(仮称)の発足を進めている。神戸商船大学は神戸大学と合併し、世界で唯一の海事科学研究科が誕生した。海事に関する研究資産を継承しつつ、学内の社会科学系研究科との融合・連携により、神戸大学の特色である国際性と地球環境の保全を包含し、世界経済の発展と人類の生活を支える国際海上輸送を創出する、世界に類のない研究の立ち上げを目的とする。今後は、地球規模の海上輸送の研究プロジェクト創成への発展も目標とする。」

 海事科学研究科では世界経済を支える海上輸送の高度化という側面より、安全性、経済性、環境保全を両立した輸送システムの研究をスタートさせている。船舶による海上輸送量はグローバル化に伴い、増加の一途をたどっており、1960年代に20億トンであった貨物輸送量は2016年に100億トンを突破し、2050年には150億トンに達すると予想されている。これは今後もより大型でより多くの船舶が世界中を行き来することを意味し、海洋上の環境にも大きな影響が予想される。例えば、船舶が沿岸で衝突、座礁等の海難事故が発生した場合、大量の原油が流出すると甚大な環境汚染に発展する。一方、船舶は他の交通機関と異なり、海上を航行するゆえ、波浪や流れ、氷塊など陸上には見られない自然条件の影響を強く受ける。船舶を設計、運航するには厳しい自然条件に耐えうる強度を持ったものにする必要があり、船舶海洋工学の分野で長年、研究が進められている。

図-1 荒天航海時の船舶性能の観測事例図-1 荒天航海時の船舶性能の観測事例

 一方、海事科学の分野では、「複雑に変化する気象海象の変化を予測し、安全性および経済性を最適化する航海ルートを探索する研究」の概念が1950年代に米国で提唱され、これまで乗組員や船会社の経験則に強く依存していた船舶運航を気象予報と船舶性能評価という気象学と船舶海洋工学を応用した学際的研究である「ウェザールーティング(optimum ship routing)」が実施されている。海事科学研究科においても、ウェザールーティングの高度化により上記の理念を実現するという方針のもと、国際航海に従事する28,000DWT級ばら積み貨物船(写真-1)を対象に航海の状況を把握する目的で数年間にわたるオンボード計測を実施した。荒天航海時には速度が大きく低下する一方、エンジンの出力や燃料消費量が増大している状況も明確にできた(図-1)。これは上り坂を自転車で駆け上がる現象に相当し、この度合いが進めば、エンジンにも大きな負荷が作用し、危険な状態となる。

 一方、陸上と同じく海の世界においても、CO2を始めとするガス排出規制が強まり、2012年よりIMO(International Maritime Organization)では今後の海上でのCO2排出規制を段階的に施行し、2025年に完了するEEDI(Energy Efficiency Design Index)を全世界の船舶に適用している。エンジンメーカーや造船会社を中心にCO2やNOXおよびSOXの排出削減を可能とする将来型のエンジンも研究されている。これと同時に船舶運航の観点からも排出削減を最適化する概念であるEEOI(Energy Efficiency Operational Index)も導入され、各船会社は前述したウェザールーティングのシステム導入と高度化、さらには船体抵抗の低減、自動制御による金属帆の導入、表面摩擦の抵抗を低減する船体塗料の研究などを盛り込んだエコシップの概念も提案されている。2010年代よりEEDI等の導入もあって、ウェザールーティングの最適化対象が安全性や最短時間だけでなく、CO2排出量の削減など環境要因も含めたものに拡張され、我々の研究も海事社会の流れを汲んだものにアップデートすべく、精度向上を図っている。例えば、CO2排出量は燃料消費量(すなわちエンジン出力)に比例すると言われており、これは波浪中の速力低下の数値シミュレーションより波浪中の抵抗増大に伴うエンジン出力の増加を推定できれば、推定が可能となる。実船実験にて2013年6月1日〜4日にかけてアフリカ大陸南端沖で荒天に遭遇したときのCO2排出量を各気象データベースにて推定した結果を示す(図-2)。荒天時には排出量も大きく増大するため、荒天航海時の気象海象による影響を精度よく再現できるモデルこそが今後の海事社会に求められているものと言える。

図-2 1海里あたりのCO2排出量の推定例(波向は船首方向、計算手法・気象データごとに比較、荒天航海時)図-2 1海里あたりのCO2排出量の推定例
(波向は船首方向、計算手法・気象データごとに比較、荒天航海時)

 海事科学研究科では研究プロジェクトの終了後も国際海事研究センターの第1種プロジェクトとして現在に至るまで研究を継続しており、研究の発展により海事社会に貢献していきたい。

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