
2017年1月20日
信越・北陸地区
福井大学 工学部 建築・都市環境工学科
環境水理学研究室
福井大学工学部は、社会システムの急速な変化に対応できる高度産業人材の育成を目指して2016年度から新たな教育研究体制をスタートしました。現在、機械・システム工学科、電気電子情報工学科、建築・都市環境工学科、物質・生命化学科、応用物理学科の5学科からなり、工学分野のほぼ全ての領域をカバーする充実した教育を行っております。特に、工学部では「夢を形にする技術者IMAGINEER(夢を描くIMAGINE、それを形にする人ENGINEER)」を目指しています。
ここでは、建築・都市環境工学科の環境水理学研究室が行っている「バングラデシュ・パイガサ地域の水・保健衛生環境改善プロジェクト」について紹介します。
バングラデシュ人民共和国(以下、バングラデシュ)は南アジアに位置し、インドとミャンマーに接する国です。バングラデシュの人口密度は1,000人/km2(日本の約3.6倍)を超え1)、(都市国家や島しょ国を除けば)世界一と言われています。また、かつては経済力の強さと文化活動のレベルの高さから「黄金のベンガル」と称されましたが2)、人口過剰や政治腐敗などにより、国民1人あたりの名目GNI(国民総所得)が極めて低く、現在は世界で最も貧しい国の一つとして知られています3)。
バングラデシュは70年代初め、多くの人々が表流水(川や沼、ため池の水)を利用していましたが、伝染病が流行したことから、国際機関の援助により浅井戸の利用が推奨されました。その結果、伝染病は減りましたが、90年代に入ってからはヒ素(無味無臭、でも猛毒)による地下水汚染が確認されました。2,000万人4)ともいわれる人々がヒ素入りの水を飲み、ガンなどの病気になる危険に晒されています。既に、皮膚の角化や色素異常などの症状を持つヒ素汚染登録患者数は38,000人に上り5)、将来的にガン患者の増加が懸念されています。
現在、上下水道や電力供給などのインフラ整備が行われていますが、整備されていない地域が多く、特に農村部では井戸や表流水の水を今でも使わざるをえないのが現状です。さらに地球温暖化に伴う海面上昇により、海水が内陸に浸入し、井戸水が塩性化することも懸念され6)、特に私たちが対象とするクルナ南部パイガサ地域のパーバヤージャパ村の人々は、乾期の飲料水の確保が困難になっています。事実、乾期にはやむをえず、写真のような溜め池の水を煮沸して飲用しています。
福井大学の環境水理学研究室では、これらの問題を解決するために“太陽熱淡水化装置”の研究開発に取り組んでいます7), 8)。バングラデシュの農村部のパイガサ地域では電気も水道もないため、コストや膨大なエネルギーを使う大型の海水淡水化プラント(海水から真水を造る装置)を造ることはできません。そこで私たちは太陽の熱だけを使って、真水を造る太陽熱淡水化装置の研究を行っています。装置の原理は非常に簡単で、下の図のように(1)日射が透明な膜を通過し、装置内部の水(例えば、ため池の水)を蒸発させる、(2)水蒸気が膜の内側で凝縮する、(3)水滴がしたたり落ちる、(4)その水滴を集める、というものです。研究は①安くて簡単な装置の設計、②現地で入手可能な部材を使った装置の試作、③造水量の予測、などを行っています。特に③に関して、造水量を予測することは一家族に必要な装置の数や水コスト(1Lあたりいくらか)を算出することができ、非常に重要です。
今までの調査研究から、パイガサ地域のパーバヤージャパ村には殆ど支援が届いていないことが分かり、村民の多くがこの装置の導入に大きな期待を寄せていることが分かりました。装置導入に関するヒアリングの結果、「これからは2km以上歩いて、砂濾過装置の水を汲まなくていいので嬉しい」「今までの水くみの時間を勉強や家族と一緒に過ごす時間に充てたい」と言った声が聞かれました。さらに、装置を試験導入した家庭では「造った水が盗まれてしまったの!」と言われ、安全な飲み水がいかに貴重かを知りました。私たちはこの“水造り”の研究を通して、バングラデシュに貢献したいと考えています。
またこの太陽熱淡水化装置による住民の飲み水確保と併せて、福井大学医学部および愛知医科大学の先生方と協力して、装置の導入前後の健康改善効果や行動変容(行動がどのように変わったか)も調べて、バングラデシュの水問題を解決していきたいと考えています。なお、この研究はバングラデシュに対する単なる“援助”ではなく、大学の持つ技術を住民に提供し、住民自らが飲み水を造ってもらうことにこそ意義があると考えています。
今までの調査から、乾期のパイガサ地域の水問題に対して、太陽熱淡水化装置が解決の鍵になるのではないかと考え、研究を進めてきました。しかしながら、コスト面や造水量の向上など、課題が多いのが現状です。それに“技術協力”なので、現地にて装置の製作や使い方も住民に指導しなければならず、受け入れられるかは分かりません。しかしながら、一つ一つ課題を克服し、住民自らが安心安全な飲み水を造って、少しでも病気を減らすことが、この研究に関わる私たちの願いです。そして、パイガサ地域だけではなく、同様な問題で苦しむ近隣地域に波及していくことが最終ゴールと考えて、日々研究に励んでいます。このHPをご覧の皆さんもこの研究を通して、バングラデシュの水問題を一緒に考えてみませんか?
1)国連HP:World population 2015.(https://esa.un.org/unpd/wpp/Publications/Files/World_Population_2015_Wallchart.pdf)2016年12月15日参照
2)大橋正明、村山真弓:バングラデシュを知るための60章、明石書店、p. 20、2009.
3)国連データベース:(http://unstats.un.org/unsd/snaama/selbasicFast.asp)2016年12月15日参照
4)ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)HP:(https://www.hrw.org/news/2016/04/06/bangladesh-20-million-drink-arsenic-laced-water)2016年12月15日参照
5)アジア砒素ネットワーク:(http://www.asia-arsenic.jp/top/?page_id=304)2016年12月15日参照
6)Mohammad Radwanur Rahman Talukder, Shannon Rutherford and Cordia Chu:International Journal of Climate Change, Vol. 8, No. 1, pp. 21-32, 2015.
7)例えば寺崎寛章、Shafiul Islam、梅村朋弘、山元謙侑、福原輝幸:円筒型太陽熱淡水化装置による塩性化した溜め池の水質浄化試験―バングラデシュ、パイガザ地域での水環境改善活動―、土木学会第69回年次学術講演会講演概要集、Ⅶ-016、pp. 31-32, 2014.
8)例えば梅村朋弘、長谷川美香、日下幸則、福原輝幸:バングラデシュの僻地(パーバヤージャパ)における水問題、公衆衛生、Vol. 77, No. 3, pp. 257-260, 2013.
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